血槍富士 (ちやりふじ) 1955年(昭和30年) 邦画名作選
のどかな東海道を江戸に向かって旅する若様・小十郎と槍持ち権八、お供の源太。
まだ若い小十郎は気立ての優しい人物だが、無類の酒好きで少々酒乱の気がある。
供の源太もまた酒飲みなので、権八は心配でならない。
道中、素朴な人々の人情に触れた小十郎は感動し、虚栄ばかりの武士の世界に嫌気がさしていく。
そんな折、小十郎は源太を連れて酒を飲み始めたが、酔いどれ侍たちと口論になってしまう。
権八の駆けつけた時は遅く、小十郎と源太は侍たちの手で無惨な最期を遂げていた。
権八は、主人の仇を討つべく酔いどれ侍たちに斬りかかるが…。
1954年に中国から復員した内田吐夢の戦後第一作。ラストの凄絶な立ち回りシーンが見どころ。
槍持ちの足軽が道中の宿場で、主人を数人の侍に殺され、逆上のあげく、侍たちに闘いを挑む。
槍持ちとはいえ武術の心得もなく、ただがむしゃらに槍を振り回し、途方もない力を発揮する。
演じる片岡千恵蔵は、時代劇の大スターであり、本来ならば颯爽たる殺陣を見せるところだが、
ここでは全く逆に、おどおどと不器用に槍を振り回すだけの足軽の姿を、生々しく演じている。
むしろどんな立ち回りもこなせる芸達者であればこそ、下手の極みを名演しえたというべきか。
初めのうちは、主人の死に逆上した足軽の怒りがほとばしるのだが、闘いのなか様相が少しずつ
変わってゆく。身分の低い者、抑圧されてきた者の憤怒が、明らかに前面に出てくるのである。
かくしてこのシーンは、凄絶さと、悲しさの感動が生まれ、時代劇史上屈指の名場面となった。
製作 東映
監督 内田吐夢 原作 井上金太郎