薩摩飛脚 剣光愛欲篇   1933年(昭和8年)     邦画名作選
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外様の薩摩藩が、謀叛の企てをしているとの噂が立った。

その探索のため、薩摩領内に潜入した公儀隠密はすでに七名。

だが、そのいずれもが消息を絶ち、生死すらも定かでなかった。

幕府は新たに神谷金三郎(大河内伝次郎)と松村四海(沢村国太郎)を差向ける。

だが国境で警備の者に発見され、神谷は逃れたが松村は囚われの身となる。


江戸に戻った神谷は、周囲から疑惑の眼を向けられる。

それは、松村の妻・お静(吉野朝子)が彼の初恋の相手であったためだ。

やがて神谷は、馴染の芸者・小富(伏見直江)の店へ入りびたるようになる。


ある日、松村の弟・欽之介が、兄を助けるべく薩摩へ向かったとの知らせが舞い込む。

すぐさま、それを追う神谷と手下の泥棒・やらずの清吉(星ひかる)。


だがその頃、松村は公儀への見せしめとして、殺すために船で江戸に護送されていた。

一方、薩摩江戸留守居役の伊集院(市川小文治)は、神谷の情婦・小富に横恋慕していた。

彼は小富に、自分のものになれば松村を助けてやると持ちかける。

小富は覚悟を決めて伊集院のもとへいき、身をまかせようとするのだが…。




1932年、大衆雑誌「キング」に掲載された大仏次郎の時代小説「薩摩飛脚」の映画化。


薩摩飛脚とは、薩摩領内に潜入した公儀隠密の殆どが、二度と姿を現さない事から
「生きては帰らぬ片道の飛脚便」の意味で用いられる隠語である。

打倒徳川を藩是とする薩摩藩は、精鋭部隊「薩摩刺客隊」を組織し、領内に潜入する
公儀隠密を徹底的に排除するのであった。

本作は、薩摩藩に潜入した公儀隠密・神谷金三郎の縦横無尽の活躍が描かれる。
とりわけ大河内演じる神谷金三郎と薩摩刺客隊との数度に渡る壮絶な大立ち回りは圧巻。


1932年、日活に移籍した山中貞雄の第一作「薩摩飛脚・剣光愛欲篇」は、伊藤大輔による「東海篇」
の続篇であり、伊藤はこれを撮って日活を退社したため、山中にその続篇を撮る話が回ってきた。

じつは大仏次郎の原作は、連載が途中で中断となり、未完のまま終了してしまったのである。

隠密・神谷金三郎は、敵に追われて崖っぷちまで追い込まれてしまう。あわや主人公の運命やいかに、
で終わってしまっている。これではどんな監督も手のつけようがない。


だが山中は、自分から進んでこの大役を引き受けた。日活における地歩を固める好機であったことも
確かであるが、彼の脚本家としての才能は、ここでも新たな閃きを見せることとなった。

その結果、完成した山中の「剣光愛欲篇」は、伊藤の「東海篇」と比較されたが、伊藤と遜色ない
どころか、それを凌いでいると評価されるに至ったのである。

だが、残念な事に本作は、現在ではフィルムが散逸し、数点の断片が残るのみとなっている。



 
 
 製作   日活

  監督   山中貞雄  原作 大仏次郎

  配役    神谷金三郎 大河内伝次郎 やらずの清吉 星ひかる
      松村四海 沢村国太郎 伊集院帯刀 市川小文治
      妻・お静 吉野朝子 芸者・小富 伏見直江
      弟・欽之助 尾上助三郎 旅の女・お蘭 マキノ智子

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