| あ | い | う | え | お | か | き | く | け | こ | さ | し | す | せ | そ | た | ち | つ | て | と | な | に | |||||||||||||||||||||
| ぬ | ね | の | は | ひ | ふ | へ | ほ | ま | み | む | め | も | や | ゆ | よ | ら | り | る | れ | ろ | わ |
| 前フリ |
| 番組やイベントなどで本編に入る前に話題の流れを作ること。 |
| まいう~ |
| 旨い!美味しい!という意味。ホンジャカマの石塚英彦と、振付師兼ダンサーのパパイヤ鈴木が「元祖!でぶや」という番組内で、旨いものを食べた際に「まいう~」と言ったことから広まった。 |
| 巻く・巻き |
| 予定時刻よりも早く終わらせること。急ぎで帳尻を合わせようとすること。「スケージュール押してるんで、巻きで行きましょう」などと言う。 |
| まくら |
| 宿泊費のこと。元は「枕」の比喩表現。 |
| 枕営業(まくらえいぎょう) |
| 仕事をもらうために番組の上層部やスポンサーと寝ること。本来の仕事には含まれない特別なサービスを提供することで便宜を図ってもらう行為。 |
| 増村保造(ますむらやすぞう)(1924-1986) |
| 映画監督。1924年(大正13年)8月25日生まれ。山梨県甲府市出身。東大法学部卒。1947年(昭和22年)大映に入社。1952年(昭和27年)ローマの映画実験センターに留学。溝口健二、市川崑の助監督をつとめ、1957年(昭和32年)「くちづけ」が監督第一作。監督第二作「青空娘」に若尾文子を起用。その後、多くの作品でタッグを組む。強烈な自我や感情を持つ女性像を明晰な方法で描いて戦後映画に新風をもたらした。一方、ダイナミックなタッチの演出で、スタ―男優の魅力も存分に引き出した。産業スパイを描いた田宮二郎の「黒の試走車」、勝新太郎が軍隊の規律に豪快に抗う「兵隊やくざ」、市川雷蔵が非情な軍人スパイとなる「陸軍中野学校」はいずれもヒットし、シリーズ化された。大映倒産後は、独立プロを設立し「大地の子守歌」「曽根崎心中」などを発表。晩年は山口百恵の「赤いシリーズ」など大映テレビシリーズの演出で活躍した。1986年(昭和61年)11月23日逝去。享年62歳。 |
| 松本清張(まつもと せいちょう)(1909-1992) |
| 小説家。1909年(明治42年)12月21日生まれ。福岡県出身。本名、松本清張(まつもと きよはる)小学校卒業後、1939年(昭和14年)朝日新聞西部本社の広告部雇員となり、1941年正社員。1943-1945年兵役。終戦後、朝日新聞社に復職し、広告部意匠係に勤務。1953年(昭和28年)「或る『小倉日記』伝」で、第28回芥川賞を受賞。1954年東京本社に転勤。1956年(昭和31年)退社し、以後作家活動に専念。1958年(昭和33年)「点と線」がベストセラーとなり、社会派推理小説ブームの火付け役となる。以後「ゼロの焦点」「砂の器」「けものみち」など次々と発表、ミステリーの清張時代をつくる。1967年(昭和42年)第1回吉川英治文学賞、1970年(昭和45年)菊池寛賞など多くの賞を受賞。作品は700編を越え「松本清張全集」(全56巻 文芸春秋)がある。1992年(平成4年)8月4日逝去。82歳。 |