| あ | い | う | え | お | か | き | く | け | こ | さ | し | す | せ | そ | た | ち | つ | て | と | な | に | |||||||||||||||||||||
| ぬ | ね | の | は | ひ | ふ | へ | ほ | ま | み | む | め | も | や | ゆ | よ | ら | り | る | れ | ろ | わ |
| 永田雅一 (ながたまさいち)(1906-1985) |
| 映画プロデューサー。1906年(明治39年)1月21日生まれ。日活京都撮影所などをへて、1947年(昭和22年)大映社長となる。1951年(昭和26年)「羅生門」でベネチア映画祭グランプリ受賞、1961年(昭和36年)日本初の70ミリ映画「釈迦」を製作。プロ野球パリーグの初代総裁もつとめた。京都出身。大倉高商(現東京経済大)中退。 |
| 長良プロダクション |
| 創業者は、芸能界の重鎮として業界でも有名であった長良じゅん。氷川きよし、山川豊、水森かおりなど、音楽プロデューサーとしても数々のヒット曲を出した人物でもある。(主な所属タレント)氷川きよし/水森かおり/山川豊/岩佐美咲/グッチ裕三/ 大信田礼子/ささきいさお/中村玉緒/安岡力也/マリアン/梅宮辰夫/高松英郎/金田賢一/野口五郎/雪村いづみ/城みちる/ |
| 成瀬巳喜男(なるせみきお)(1905-1969) |
| 映画監督。1905年(明治38年)8月20日東京四谷出身。 工学院大学中退。1920年(大正9年)知人の紹介で松竹蒲田撮影所に小道具係として入社。1930年(昭和5年)ナンセンス喜劇「チャンバラ夫婦」で監督デビュー。1933年(昭和8年)[君と別れて」で監督として頭角を現したが、小津安二郎の作風と重なることもあり、新たに映画製作に乗り出したPCL(後の東宝)に移籍。その第一作「乙女ごころ三人姉妹」(川端康成原作)を佳作に仕上げ、続く「妻よ薔薇のやうに」では、妻と妾と夫のそれぞれの人生模様を繊細な描写で示して成功に導き、第一級監督の地歩を占めた。1951年(昭和26年)急病で降板した千葉泰樹に代わり、原節子主演「めし」を監督し、高い評価を獲得。以後、林芙美子原作の「稲妻」(昭和27年)「妻」(昭和28年)「晩菊」(昭和29年)を次々に映画化。とくに1955年(昭和30年)「浮雲」は、高峰秀子、森雅之の名演と相俟って、自身の最高傑作となった。平凡な市井の人々の喜怒哀楽を日常的なリアリズムで描き、一貫して女性の複雑な内面世界を主題を求め、司葉子主演の「乱れ雲」を最後に、生涯に88本の映画を残した。1969年(昭和44年)7月2日逝去。享年63。 |
| ナベプロ |
| →渡辺プロダクション |
| なめる |
| 被写体に寄った映像を、主に足元から全体を舐めまわすようにカメラアングルを変えて撮影すること。 |