流れる 1956年 (昭和31年) 邦画名作選
東京柳橋にある花街。
未亡人の山中梨花は、芸者置屋「つたの屋」で住み込みの女中として働きはじめる。
「つたの屋」には、女将とその娘、出戻りの妹、そしてお抱えの芸妓が住んでいる。
女将のつや奴は、芸者としては一流だが、経営のほうはさっぱりだった…。
主人公の梨花(田中絹代)は、寮母、掃除婦、犬屋の女中まで経験してきた四十すぎの未亡人だ。
本作は、地味な女中の梨花が、扇の要の役目を果たし、全篇をきりっと鮮やかに引き締めている。
聡明で控えめで礼儀正しい。昔は高等教育を受けていなくても、こんな風に頭がよくて判断力に
富み、てきぱきと立ち働く女性が、日本中のいたるところにいたのだ。
卓越した芸の持主でありながら、寄る年波で色香が衰えた女将つや奴を山田五十鈴が演じている。
つや奴は、脚本が書かれる前にすでに山田五十鈴に決まっていた。
戦前に芸道物「鶴八鶴次郎」を作った成瀬は、柳橋の名妓は彼女以外に考えられなかったと言う。
傾きかけた芸者置屋を舞台に、当代きっての大女優たちが見事な競演を繰り広げる本作であるが、
成瀬は若い女優より、人生経験豊かな大人の女性のほうを好んで起用した。
生活の疲れや憂いがあってこそ、彼女たちは美しく輝くからだ。
本作は、すたれゆく柳橋への挽歌である。だから芸者たちは皆美しい。いわば滅びの美である。
製作 東宝
監督 成瀬巳喜男