夫の茂吉(佐分利信)は、田舎出の商社マン、茫洋として物静かな性格。
一方、妻の妙子(木暮実千代)は、都会育ちの我が儘で気の強い性格。
妙子は、野暮ったい茂吉が疎ましく、旅行やら野球見物やらで遊びまわっている。
ある日夫の茂吉は、急の海外出張で羽田から飛び立つ。
帰宅して夫の留守を知った妙子は、何かが欠けた不安な思いにかられるのだった。
田舎出の素朴な夫にうんざりする上流階級出身の妻、二人のすれ違いと和解が描かれる。
もともと本作は、1939年(昭和14年)に公開予定であったが、検閲で不合格となり、
やむなく映画化を断念した作品である。
当時のシナリオによれば、有閑マダムの妻は、夫を無能で気の利かない男だと思っている。
ところが召集令状がくると、妻はあわててオロオロするが、夫は平然としてお茶漬けを食べている。
そこで妻は、夫を大人物だったと見直すという、いざというときの男らしさが描かれている。
不合格になった理由は「赤飯で祝うべき出征を、お茶漬けですますとは何事か」であった。
この程度の問題でも制作を断念すべき時代になったと、当時の映画人に衝撃を与えた事件だった。
このお蔵入りのシナリオを、改めて戦後の状況にあわせて設定変更し、映画化したのが本作である。
主人公夫婦がよりを戻すきっかけも夫の応召でなく、海外出張に変わっている。
だがこの海外出張という設定が、戦争へ行くことの深刻さに比べて、ずいぶん弱いことは否めない。
本作は、大庭秀雄監督の「帰郷 1950」で共演したばかりの佐分利信と木暮実千代が夫婦を演じているが、
「帰郷」で、大胆不敵な二枚目を演じた佐分利信が、本作では、我が儘な妻(木暮)に振り回される朴訥で
冴えない夫を淡々と演じており、改めて彼の演技の振り幅の広さを感じさせる一作となっている。
製作 松竹
監督 小津安二郎