陸軍   1944年(昭和19年)     邦画名作選
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幕末から日清、日露、満州事変、そして大東亜戦争。戦争に次ぐ戦争であった。

お国のために子を生み、子を育てる。
息子が軍人になることが家の誇りであり、当人の出世でもあった。

昭和19年のある日、高木家の一人息子の出征が決まった。明日博多を発つという。

翌朝、出征の隊列が博多大通りを通過するころ、母親は「もう別れは済んでいる」
と言い、一人家に残って見送りにも行かなかった。

だが、ラッパの音が聞こえると、たまらなくなり、通りへ飛び出してゆくのだった。



当時の大本営陸軍省が、松竹の木下恵介に制作させた戦意高揚映画である。


この当時、すでに戦局の動きは暗かった。
政府も軍も、とかく沈滞しがちの国民の士気を激励することに必死だった。

そんなさなかに、この作品は制作されたのである。


息子の出征を悲しむ母親が、博多の街から街を、出征する息子の隊列を追って
どこまでも、どこまでも泣き縋ってゆく。

大東亜戦争中、出征ということは、すべてに優先する一大出来事であった。

これまで、どんな映画にも、それを拒んだり、いやがったり、悲しんだりする
シーンは、けっして現れることはなかった。

だが本作において、初めて、母親の別離の情という形で、それが描かれたのだ。


その結果、木下恵介は軍部に睨まれる。木下には反戦的な思想はなかったのだが、
とにかく監督として責任をとり、松竹を退職、終戦まで不遇の時を過ごす。

だが本作は、かろうじて検閲を通り、昭和19年の年末に一般公開された。


当時の人々が、どのような想いでこの映画を観たのかは分からない。

しかし現在、母親が出征する息子を見送るクライマックスは、息子の安否を念ずる
母親の真実を捉えた名シーンとして語り継がれているのである。



 
 
 製作   松竹

  監督   木下恵介
   原作 火野葦平

  配役    高木わか 田中絹代 仁科大尉 上原謙
      高木友助/高木友彦 笠智衆 桜木常三郎 東野英治郎
      息子・伸太郎 星野和正 機関銃隊長 佐分利信
      高木セツ 杉村春子 金子軍曹 佐野周二

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