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四十一課

四十一课
放学后的事情
今天下午放学后,我和好朋友马玲约好,去公园玩儿。
路上,我们俩又说又笑。忽然,从远处传来小孩儿的哭声。
是谁哭得这样伤心?我们顺着哭声跑去。
走近一看,原来是一个穿着红衣服梳着辫子的小妹妹,
小脸满是泪痕,看上去,也就两三岁,旁边围着几个人,在议论着。
我拉拉马玲,小声说:“快走,咱们玩儿去吧!”
“那怎么成!”马玲坚决地说,“这小妹妹也许和家人走散了,我们应该帮帮她!
再说,咱们去公园的机会多着呢,干吗非今天去呀!”
我听马玲说得有理,就对小妹妹说:“别哭,让大姐姐带你去找妈妈好吗?”
小妹妹点了点头,不哭了。
我们先去商店问有没有丢小孩儿的顾客,人们都摇摇头。
于是,我问:“小妹妹,你家住在哪里?”
小妹妹摇摇头。马玲问:“你妈妈叫什么?”
小妹妹又摇摇头。马玲皱起了眉头。
我忽然看到商店的墙上写着一句话:“有事请找民警!”哎,有主意了!
我对马玲说:“咱们应该去派出所,请民警叔叔帮助呀!”
马玲也赞成说:“对呀,马上行动!”
到了派出所,一位民警叔叔带我们来到一间办公室。
办公室里,一位阿姨正哭着诉说着什么。
小妹妹见了阿姨,叫了声“妈妈“便扑了上去。
阿姨紧紧抱着自己的女儿,不住地亲吻着。
看着这动人场面,我和马玲也情不自禁地流下了眼泪。
那阿姨对我们一再道谢,又要把手上的点心给我们,我们赶紧溜了出来。
今天虽然没能去公园玩儿,可我心里像吃了蜜一样甜。


看上去,也就两三岁。見たところまだ二、三歳だ。

副詞「就」+「数量詞」の形で、数量の少なさを表す。

(用例)
看上去,他最多也就二十岁。見たところ、彼はせいぜい二十歳だ。
(用例)
那个东西不贵,一个就三块钱。あれは高くない、ひとつたった三元だ。
(用例)
昨天的会议就十个人参加。昨日の会議はわずか十人しか参加しなかった。


干吗非今天去呀。(为什么一定要今天去呢) なぜ今日行かねばならないのか。

副詞「非」は、必然性や必要性を強調する。(必须,一定)

(用例)
我非得去。どうしても行かねばならぬ。
(用例)
为什么非那么办呀。なぜそうしなければならないのか。
(用例)
你这病非要开刀才能好。君の病気は手術しなければよくならない。


(四十一課 放課後の出来事)
今日の午後の放課後、親友の馬玲と公園に遊びに行く約束をした。
途中、二人で喋ったり笑ったりしていると突然、遠くから子供の泣き声が聞こえてきた。
こんな悲しそうに一体誰が泣いているのだろう?
私たちは泣き声のする方に走って行った。
近づいてみると、それは赤い服を着て髪を三つ編みにした女の子だった。
小さな顔には涙の跡がいっぱいで、見たところまだ二、三歳のようだった。
周りには幾人かの人が集まって、ひそひそと何か囁き合っている。
私は馬玲を引っ張り、小声で囁いた。「早く遊びに行こう!」
「そんな訳にはいかないわ、この子は家族とはぐれたかもしれないじゃない。
私たちがなんとか助けてあげなくては!
それに、公園へ行くチャンスはいくらでもあるのに、なぜ今日でなければならないの?
私は馬玲の言う事はもっともだと思ったので、その子に言った。
「泣かないで、お姉ちゃんがママを探しに連れて行ってあげるから」
女の子は頷き、泣き止んだ。
私たちはまず店に行き、子供とはぐれた客がいないか尋ねたが、みな首を横に振った。
そこで私は尋ねた。「お嬢ちゃん、家はどこ?」女の子は首を横に振った。
馬玲が訪ねた。「あなたのママの名前は?」女の子はまた首を横に振った。
馬玲は眉をしかめた。私はふと、店の壁に書かれた一文が目に入った。
「何かあったら警察へ!」そうだ、いい考えがある!
私は馬玲に言った。「派出所に行って、警察のおじさんに助けを求めよう!」
馬玲も賛成して言った。「そうね、すぐに行動しましょう!」
派出所に着くと、警察のおじさんは私たちを事務室へ連れて行った。
事務室では、一人のおばさんが泣きながら何か訴えていた。
女の子はそのおばさんを見ると、「ママ」と叫んで飛びついて行った。
おばさんは自分の娘を強く抱きしめ、何度もキスをした。
その感動的な光景を見て、私と馬玲は思わず涙を流してしまった。
おばさんは何度も私たちにお礼を言い、さらに持っていたお菓子を手渡そうとした。
そこで私たちは慌てて外に飛び出した。
今日は結局、公園には行けなかったが、私の心の中は清々しい気分で一杯だった。





四十二課

四十二课

不少人问我,家庭养猫的最大体会是什么?
我回答说,在没养猫之前,我只知道都市里有人和楼。
此前我所谓的城市生活,就是整天在楼里和人打交道。
可养了猫之后,我才知道在人和楼之间还有猫,于是除了在楼里和人打交道之外,我还能和猫打打交道。
我发现,猫其实是一种智商极高的动物,尽管双方不能对话,但它常常能在一秒钟里就猜透我要做什么。
举个有趣的小例子:家里修理管道时,我在厨房和厕所之间的墙上钻了一个通水管的小洞。
那洞刚钻完,我就凑到跟前,睁大眼睛看它通了没有。
这时却发现在洞的对面,也有一只睁大的眼睛在盯着我看,
我吓得大叫一声,洞对面也发出“喵“的一声惊叫。
原来我的猫一直就等在对面,帮我看那洞到底打通没有。
和猫一起生活,还能让人总是保持心理平衡,并使自己的精神世界得到充实。
比方说,猫饿了,就会围着我“喵喵”地叫,可只要一喂饱了它,它就会高高地跳到书架上,
一边骄傲地看着我,一边得意地理着它的毛。
你说,和这种一下就忘掉别人的好意的动物交往之后,
还有什么样的人我不能和平相处友好往来呢?
此外,我经过长期反复试验后发现,凡是猫自己不愿意做的事,
无论我怎样强迫,它也不肯服从,而且弄急了还会反抗。
猫一向都有自己独特的行为标准,从不轻易执行主人的命令。
因此在和猫的生活中,我才真正体会到了人和动物之间必须“平等和民主”,来不得半点专制和暴力。


不少人问我。(较多人问我) 結構多くの人から聞かれることがある。

形容詞「不少」は、数量、程度が比較的大きいことを表す。言外に予想外だというニュアンスがある。

(用例)
女性成员不少。女性メンバーが比較的多い。
(用例)
有不少学生从中国来的。中国から来た学生が割と多い。
(用例)
吃了不少药,一点效果也没有。薬を随分飲んだのに全然効き目がない。


就是整天在楼里和人打交道。つまりそれは、一日中ビルの中で人と交際することだ。

副詞「就是」は「つまり、すなわち」の意味で、前節で述べた事柄に対して、その内容説明を加える。

(用例)
免费就是不要钱。無料とはただの事だ。
(用例)
他就是所谓的单身贵族。彼はいわゆる独身貴族だ。
(用例)
所谓美食家就是指那些口馋的人。グルメというのは要するに食べ物に卑しい人だ。


尽管双方不能对话,但它常常能在一秒钟里就猜透我要做什么
お互い会話はできないとはいえ、私が何をするかを瞬時に察することができる。

接続詞「尽管~但」は、前節である事実を認める(一旦譲歩する)が、後節でそれに相反する内容を示す。(~に関わらず)

(用例)
尽管谈了半天,但他还是想不通。長いこと話し合ったが、彼はまだ納得しない。
(用例)
文章尽管很短,但读起来却很有味。文章は短いとはいえ、読むと味わいがある。
(用例)
尽管想着必须省电,但倒想开空调。節電しなくてはと思いつつも、エアコンをつけたい。

「尽管」と「即使」

「尽管」は、事実に対する譲歩であるが、「即使」は、仮定に対する譲歩である。

(用例)
尽管罢工,但照常上班。(ストが決行されたが、平日どおりに勤務だ)すでにストは決行された(事実)
(用例)
即使罢工,也照常上班。(ストが決行されても、平日どおりに勤務だ)たとえストが決行されても(仮定)
(用例)
尽管知道,但装不知道。(知っていながら、知らないふりをする)すでに知ってるくせに(事実)
(用例)
即使知道,也装不知道。(たとえ知っていても、知らないふりをする)たとえ知っていても(仮定)


还有什么样的人我不能和平相处友好往来呢。和気藹々と仲睦まじくやっていけない人などいるだろうか、いるわけがない。

副詞「
还~呢」は「~のはずがない」の意味で、反語文を形成する。

(用例)
瘪车胎还怎么骑呢! パンクしている自転車にどうして乗れようか、乗れるわけがない。
(用例)
这么点儿钱,还有什么用呢? これっぽっちの金で何の役に立つというのか、役に立つわけがない。
(用例)
还有什么样的人会去买一台价值数百万的GT跑车呢! 何百万もするGTカーを買う人などいるだろうか、いるわけがない。


而且弄急了还会反抗。しかも怒らせると反抗したりもする。

副詞「还」は、範囲・項目の追加・拡大を表す。(そのほか、まだ、さらに、
另外,还有

(用例)
因为一点小事还会吵架。些細な事で喧嘩したりもする。
(用例)
除了教学,还要写论文。授業のほかに論文も書かなければならない。
(用例)
不仅要看问题的正面,还要看反面。問題を表面だけでなく裏面からも見なければならない。


来不得半点专制和暴力。(不该有一点独裁和暴力) 独裁や暴力は決してあってはならない。

構造助詞「不得」は「不都合だ」の意味で、支障があってできないことを表す。(不应该,不可能)

(用例)
来不得半点忽略。いささかも油断があってはならない。
(用例)
那里太危险,去不得。あそこは危険だから行ってはならない。
(用例)
这蘑菇有毒,吃不得。このキノコは毒があるから食べてはならない。


(四十二課 猫)
多くの人から、家庭で猫を飼う最大の理由は何かと聞かれた。
猫を飼う前の私は、都会には人とビルがあることしか知らなかった。
私にとって都会暮らしとは、一日中ビルの中で人と接していることだった。
だが、猫を飼ってからは、人とビルの間に猫もいることに気づいた。
私は、ビルの中で人と付き合うだけでなく、猫とも付き合えることを知った。
猫は賢い動物で、会話はできなくても、私が何をするかを瞬時に察することができる。
ひとつ面白い例を挙げてみよう。
家の配管を修理したとき、台所とトイレの間の壁に水道管を通す小さな穴を開けた。
穴を開け終わると、私は穴の前に近寄って目を見開き、穴が通じたかどうか確かめようとした。
だがなんと、穴の反対側にも、大きく見開かれた目が私を見つめていることに気づいた。
私が驚いて悲鳴を上げると、なんと穴の反対側も「ニャー」という悲鳴を上げた。
実は猫が向こう側で見張り番をして、穴が通じたかどうかずっと見ていたのだった。
猫と暮らしていると、心のバランスが取れ、精神的にも充実してくるようだ。
例えば、猫はお腹が空くと私の周りでニャーニャー鳴くが、餌を与えるとすぐに本棚の
高いところに飛び上がる。
そして、つんと取り澄ました顔で私を見ながら、誇らしげに自分の毛並みを整えるのだ。
猫はどうやら他人の善意などすぐに忘れてしまうようだ。
そんな動物と付き合っていると、相手がどんな人間であろうと、必ず仲良くやれるに違いない。
そのほか、長い間試行錯誤を繰り返した結果、判明したことがある。
それは、猫がやりたくないことは、どう強制してもやらないことだ。
しかも怒らせると反抗したりもする。
猫には独特の行動基準があり、飼い主の命令を簡単には実行しない。
それゆえ、猫との生活の中で、人と動物の間には「平等で民主的」でなければならず、
「独りよがりや押し付け」は決してあってはならないと、今回つくづく実感した。





四十三課

四十三课
一定甜的橘子
九月的一天,地主过生日中午要请客,叫来仆人张老汉吩咐说:
“你快去给我买一百个橘子来。
记住,我今天请的都是非常非常重要的客人,你一定要选最好、最甜的,酸的一个也不要。”
张老汉答应一声“是”,就拿着钱走了。
张老汉在镇上买了一百个又红又大的橘子,在回来的路上,见穷人们正在田里为地主割谷子,
他就停下脚步,招呼大家过来吃橘子。
穷人们说:“我们吃了,你拿什么去跟地主交代呢?”
张老汉说:“你们一个橘子吃一半,留一半就行了。”
天快黑了,张老汉挑着橘子,不慌不忙地回到地主家。
地主见了大声嚷道:“你干什么去了,怎么到现在才回来?客人们早已等得不耐烦了!”
张老汉说:“你不是叫我选最好的吗?
我不得不在镇上从东头选到西头,又从西头选到东头,好容易才选了这一百个橘子,所以现在才赶回来。”
地主听了,一时说不出什么话,又嚷道:“还不快把橘子给我挑到客厅去!”
张老汉又一闪一闪地把橘子挑进了客厅。
客人们看到张老汉买来的橘子都愣了。
地主弯腰一看,每个橘子都只剩了一半儿。
于是火冒三丈,嚷道:“你这是打的什么鬼主意!”
张老汉一边用手抹着汗,一边不紧不慢地说:“你不是叫我选最甜的,酸的不要吗?
我的眼睛又看不出酸甜来,所以只好一个一个地尝了再买。
害得我在镇上从东头尝到西头,又从西头尝到东头,
好容易才尝出这一百个甜的来。”


还不快把橘子给我挑到客厅去。早く蜜柑を客間へ運ばんか。

副詞「还不」は「~しないのか」の意味で催促を表し、反語文を形成する。

(用例)
你还不看看! さっさと見ないか。(見ないのか→見ろ)
(用例)
你还不滚蛋! とっとと出て行ったらどうだ。(出ていかないのか→出ていけ)
(用例)
菜都凉了,你还不快吃。料理はもう冷めたよ。早く食べなさい。(食べないのか→食べろ)


张老汉又一闪一闪地把橘子挑进了客厅。(张老汉又摇摇晃晃地把橘子搬进了客厅)
張老漢は今度はまた、ゆらゆらと蜜柑を客間に運び入れた。

副詞「又」は「今度はまた、引き続き」の意味で、続いて起こる事柄の前後関係を表す。(然后)

(用例)
刚洗完衣服,她又去忙别的。洗濯を終えると、彼女は引き続き別の仕事をやり出した。
(用例)
事件告一段落后,又出现了另一个问题。事件が一段落すると、今度はまた別の問題が発生した。
(用例)
刚一个又高又瘦的男人进来了房间,现在又进来一个又矮又胖的男人。
背が高くひょろっとした男が部屋に入って来たと思うと、今度はまた小さくてずんぐりした男が入って来た。


我的眼睛又看不出酸甜来,所以只好一个一个地尝了再买。
一方、私の目では甘いのか酸っぱいのか分からないので、やむなく一つずつ味見して買ったのだ。

副詞「又」は「~であるが、その一方で」の意味で、対立または矛盾する二つの側面を表す。

(用例)
一面赞扬一面又说坏话。ほめる一方悪口を言う。
(用例)
想离婚,又不敢直说。離婚したいのに、はっきり言えない。
(用例)
看着面熟,却又想不起来他的名字。顔は知ってるが、名前が思い出せない。


副詞「再」は、ある動作・状況の後、引き続きある動作を行うことを表す。(~してから、然后)

(用例)
看看东西再买。買うのは実物を見てからにする。
(用例)
认真考虑后再回答。よく考慮してから返事する。
(用例)
毕业后,我们再结婚吧。卒業したら結婚しよう。


好容易才尝出这一百个甜的来。味見しまくってやっと百個の甘いのを選び出した。

時間副詞「才」は、一定の時間を経た後にある情況が実現することを表す。(やっと)

(用例)
好容易才减肥成功。なんとかダイエットに成功した。
(用例)
他想了一会儿,才回答。しばらく考えてからようやく答えた。
(用例)
等了两个小时,才轮到自己。二時間待ってやっと自分の番がきた。



(四十三課 確実に甘い蜜柑)
九月のある日、誕生日を迎えた地主は、昼に客を招待しようと思った。そこで使用人の張老漢を呼び、こう命じた:
「急いで百個の蜜柑を買ってこい。よく覚えておけ。わしが今日招くのは、いずれも非常に重要な客だ。
お前は必ず一番良くて、一番甘いのを選べ。酸っぱいのは一個もいらないぞ」
張老漢は「ははっ!」と、一声答えると、金を持って出て行った。
張老漢は町で赤くて大きな蜜柑を百個買った。
その帰り道、貧しい人々が畑で地主のために穀物を刈っているのを見て、彼は足を止めた。
そして、皆に呼びかけ、こちらに来て蜜柑を食べるように勧めた。
貧しい人々は言った。「もし我々が食べてしまったら、地主にどうやって説明するのですか?」
張老漢は言った。「お前たちは、一つの蜜柑を半分だけ食べて、半分だけ残しておけばよい」
日も暮れかけた頃、張老漢は蜜柑を担ぎ、のんびりと地主の家に戻って来た。
大家は彼を見ると大声で怒鳴って言った。「お前は何しに行っていた。
どうして今頃になって帰って来たのだ。客たちはもう待ちくたびれているんだぞ!」
張老漢は言った。「あなたは私に一番良いのを選ぶように命じたではありませんか。
私は町の東と西を何度も往復して、やっとのことで百個の蜜柑を選び出しました。
そこで、今ようやく帰って来られたという訳です」
これを聞いて、地主は一瞬言葉に詰まったが、また怒鳴った。「早く蜜柑を客間へ運ぶんだ!」
張老漢は、今度はまた、ゆらゆらと蜜柑を客間に運び入れた。
客たちは張老漢が買ってきた蜜柑を見てあっけに取られた。
地主が腰をかがめて見ると、どの蜜柑も半分しか残っていなかった。
そこで彼は激怒して怒鳴った。「お前これは一体どういうつもりだ!」
張老漢は汗を手で拭いながら、悠然と言った。
「あなたは私に一番甘いのを選び、酸っぱいのは要らないと命じたではありませんか。
私の目では甘いのか酸っぱいのか分からなかったので、買う前に一つずつ味見したのです。
お陰で私は町の東と西を何度も往復して味見し、やっとのことで百個の甘い蜜柑を見つけ出したのです」





四十四課

四十四课
面子文化
我和同事都不是有钱人,但大家关系不错。
到了夏天,大家轮流买西瓜请客。
每次吃到最后一块西瓜时,大家总是爱面子,再没有人伸手。
等到下班后,再把那块剩下的西瓜扔进垃圾桶。
后来有人提议:每次在切瓜之前,先指定一个人保证吃最后一块西瓜,
才算把这“最后一块西瓜与吃瓜人的面子“的矛盾解決了。
前不久,我参加了一个国际美食节。
吃饭的时候由服务小姐为每个人上菜;每上一道菜,同席的外国人都要把盘里的菜吃得干干净净,
只有我的同胞们却总在盘中留下一小口。
同桌的外国人显然不能理解。
这种现象在一些宴会桌上是很常见的,不管一盘多好的菜,
最后总要剩下一些,在座的人全都视而不见,不当一回事。
留一口看起来不多,但问题却不简单,其实都是心里的毛病。
大家围着那一口菜,互相谦让,听到的都是“我已经吃饱了”之类的话。
然而,真有谁肚子饱得连“一口“也都吃不下了呢?
吃饭“留一口”,是一种虚伪。
我们平时在家吃饭,很少剩“一口”,否则全家人都会骂你,
除非从小就有这毛病。
为什么一到公共场合,这“最后一口”就成了我们心理上的障碍呢?
实际上这都是为了“面子”。
现在大吃大喝的现象到处可见,从根底上找原因,
恐怕也都离不开这种虚伪而又愚昧的“面子文化”。
“留一口”不多,够我们咀嚼一阵子。


大家总是爱面子,再没有人伸手。(大家碍于面子,谁也不敢再伸手了) みなメンツを気にして、もう誰も手を伸ばさなくなる。

副詞「再」は、ある時間を経た後に、再び動作が繰り返されることを表す。(再び、引き続き、重新,继续)

(用例)
以后,再没有人相信他。それ以来、もう誰も彼を信じなくなった。
(用例)
说了一句,没再多说。一言言っただけで、それ以上は言わなかった。
(用例)
以后,他不再跟同学们打架了。これ以後、彼はもう同級生とけんかしなくなった。


等到下班后,再把那块剩下的西瓜扔进垃圾桶。一日の仕事が終わってから、その最後に残ったスイカはゴミ箱に捨てられる。

副詞「再」は、ある動作・状況の後、引き続きある動作を行うことを表す。(~してから、然后)

(用例)
看看东西再买。買うのは実物を見てからにする。
(用例)
看完电影,再去买东西。映画を観てから買い物に行く。
(用例)
发送FAX后,再把原稿寄过来。FAXで送付の上、追って原本を郵送下さい。


才算把这“最后一块西瓜与吃瓜人的面子“的矛盾解決了
これでどうやら「最後の一切れ」と「食べる人のメンツ」の対立問題は解消された。

時間副詞「才」は、一定の時間を経た後にある情況が実現することを表す。(ようやく、总算)

(用例)
找了半天,才算找到了。さんざん探してなんとか見つかった。
(用例)
他想了一会儿,才回答。彼はしばらく考えてからようやく答えた。
(用例)
等了两个小时,才轮到自己。二時間待ってやっと自分の番がきた。


每上一道菜,同席的外国人都要把盘里的菜吃得干干净净
出された料理ごとに、同席した外国人は、みな皿の料理をきれいさっぱり平らげてしまった。

副詞「
」は、動詞の前に用いて、動作の反復を表す。

(用例)
每到星期日,百货公司里顾客特别拥挤。日曜日になると、デパートは買い物客でとりわけ込み合う。
(用例)
每上一道菜,就被服务员问菜怎么样。料理が出るたびに、ウエイターに料理はどうですかと聞かれる。
(用例)
每逢集市,路上人来人往,十分热闹。市の立つ日になると、通りには人々が行き交って大変賑やかだ。


只有我的同胞们却总在盘中留下一小口。何と私の同胞だけは、きまって皿にほんの一口だけ残すのだった。

語気副詞 「却」 は、予想・道理に反する事実の発生に直面した時のもどかしさや戸惑いの心情を表現する。(何と、居然)

(用例)
明明是四月,却下雪了。何と四月なのに雪が降るとは。
(用例)
本来没有钱,却大手大脚。金もないのに、なぜ贅沢するのか。
(用例)
这件衣服虽然贵,质量却不太好。この服は高いわりに、品質があまり良くない。


不管一盘多好的菜,最后总要剩下一些。例えどんなにいい料理でも、最後はいつも幾らか残してしまう。

接続詞「不管」は「たとえ~であっても」の意味で、前節に前提となる事柄を述べ、
後節にその事柄がどうあれ結論に変わりはないことを提示する。(无论、不论)

(用例)
不管多贵,我都要买。どんなに高くても買う。
(用例)
不管怎样,来一瓶啤酒。何はともあれビールをくれ。
(用例)
不管漂亮不漂亮,人好就行。美人であろうとなかろうと、人柄が良ければよい。

助動詞「要」は、日常的な行為や情況が頻繁に繰り返され、一定の習慣・傾向になっていることを表す。(いつも~する、总是)

(用例)
我每天总要睡八个钟头的觉。毎日八時間は寝ることにしている。
(用例)
他俩每星期天都要去约会了。あの二人は日曜日には決まってデートだ。
(用例)
乡下人逢年过节总要串亲戚。田舎の人は新年や祭日には必ず親戚回りをする。


真有谁肚子饱得连“一口”也都吃不下了呢。満腹で「一口」すら食べられないことが実際あるだろうか。

動詞・形容詞の後に置いて、動作・状態の結果や状況を補足説明する成分を「状態補語」という。
その場合、動詞・形容詞の後に構造助詞「得」を置き「動詞・形容詞+得+状態補語」の形をとる。

(用例)
肚子饱得动也动不了了。腹がいっぱいで身動きもできない。
(用例)
他感动得说不出话来了。彼は感動して言葉も出せなかった。
(用例)
我忙得连睡觉的时间都没有。私は寝る暇もないほど忙しい。


除非从小就有这毛病。子供の頃からそうした悪癖がある場合を除く。

介詞「除非」は、唯一の例外を表す。(~の場合を除いて、除了)

(用例)
他不会不来,除非他病了。彼が来ないはずはない、病気であれば別だが。
(用例)
除非雨天,我天天晚饭后散步。雨の日を除いて、私は毎日夕食後散歩する。
(用例)
他除非不说,说了就干到底。彼は何も言わない時は別として、言った以上は徹底的にやる。


为什么一到公共场合,这“最后一口”就成了我们心理上的障碍呢?
なぜ公の場では、この「最後の一口」が心理的な障害になるのだろうか?

副詞「一~就」は、前節を条件として常に後節が成立することを表わす。(いったん~すれば)

(用例)
一看就明白。見ればすぐわかる。
(用例)
一喝酒就脸红。酒を飲むとすぐ顔が赤くなる。
(用例)
一到冬天就感冒。冬になるときまって風邪をひく。


(四十四課 メンツの文化)
同僚も私も金持ちではないが、仲はいい。夏になると、みんなで順番にスイカを買っておごり合う。
だが最後の一切れを食べる段になると、みなメンツを気にして、もう誰も手を伸ばさなくなる。
一日の仕事が終わってから、その最後に残ったスイカはゴミ箱に捨てられる。
その後一人の提案により、毎回スイカを切る前に、誰が最後の一切れを食べるかを決めることにした。
これでどうやら「最後の一切れ」と「食べる人のメンツ」の対立問題は解消されたようだ。
先日私は「国際グルメフェスティバル」に参加した。食事の時間になって、ウエイトレスが各人に料理を出した。
出された料理ごとに、同席した外国人は、みな皿の料理をきれいさっぱり平らげてしまった。
だが私の同胞だけは、いつも皿にほんの一口だけ残すのだった。
同席した外国人は明らかに理解出来ないようだ。
この手の現象は、宴会の席ではよくあることで、例えどんなにいい料理でも、最後はいつも幾らか残してしまう。
そこにいる人は皆見て見ぬ振りをして、無関心を装っている。
一口残すだけならたいしたことはないように思えるが、問題はそう単純ではない。
実はすべて心理的な要因が関係しているのだ。
皆、その一口の料理を囲み「もうお腹いっぱいです」などと言いながら互いに遠慮し合う。
しかし、満腹で「一口」すら食べられないことが実際あるだろうか?
食事で「一口残す」のはある種の偽善といえる。
普段家で食べるときは「一口」残すことなどめったにない。そうしないと家族全員に叱られるからだ。
ただし、子供の頃からそうした悪癖がある場合を除くが。
なぜ公の場では、この「最後の一口」が心理的な障害になるのだろうか?
実は、これはすべて「メンツ」の問題なのだ。
今、あちこちで見かける「大盤振舞」の現象だが、その根源を探ると、この種の偽善的で愚かな
「メンツ文化」と切り離すことはできないように思われる。
「最後の一口」は、たいした量ではないが、じっくり噛みしめるには十分な量ではないだろうか。





四十五課

四十五课
可怜的左手
小时候,常常唱一支歌:“我有一双万能的手,样样事情都会做。”
不过,我主要用的是右手,对左手的功能开发从不重视。
不料(不巧)一天早晨,我骑自行车上班时,被一个年轻人撞倒,人摔了出去,右手骨折。
赶快到医院打石膏。
这下子,生活全乱了,出了许多麻烦。
于是我不得不用起了我那只健康的左手。
我学着用左手来生活,穿衣,洗脸,刷牙,吃饭,喝水,翻书,全用左手干,连字都得用左手写。
刚开始,左手很笨,但渐渐的就有了进步,还能独自洗菜,切菜,炒菜,
生活已经完全用不着别人照顾了,连系领带,也有了自己的办法。
可是,我待左手不太公平,遇到有朋友关心地询问我右手的情况时,我常常不加思索地说:
“嘿,倒霉极了,偏偏右手骨折,要是左手摔断,那也好一点儿啊。”
朋友也都说:“是啊,是啊,右手太要紧了。”
全然不顾左手伤心的感觉。
然而左手不提任何抗议,默默地继续尽自己的义务。
和左手一样,生活中有许多人和事物,平时往往不被人重视,只有到某一关键时刻,才显示出他们的重要。
就是在这样的时候,有人仍然有偏见,轻视他们,伤害他们。
而当事情过去,形势好转,用不到他们时,更把他们忘得干干净净了。
我不知道三个月后,右手恢复了功能,会不会忘掉那时左手做出的贡献。
所以至少,我要趁着右手还打着石膏的时候,多多感谢左手,
并且忍着伤痛,命令右手夹着笔,写下这段文字,以便将来提醒自己记在心中。


不过,我主要用的是右手。とはいえ、私はもっぱら右手を使っていたのだった。

接続詞「不过」は、前節で一定の事実を述べた上で、後節で例外やマイナス要素を補足的に提示する。

(用例)
原则上是禁止的,不过也有例外。原則禁止だが、例外もある。
(用例)
他脾气很好,不过不机灵。彼は気立てはいいが、気がきかない。
(用例)
衣服好看,不过袖子稍短了些。きれいな服だが、袖がちょっと短い。


连字都得用左手写。字を書くことさえ左手を使わねばならない。

介詞「连~都」は、極端な事柄を例示して、話し手の不満や批判の程度を強調する。(さえ、すら)

(用例)
连小孩子都知道。子供すら知っている。
(用例)
忙得连吃饭的工夫都没有。忙しくてご飯を食べる暇さえない。
(用例)
连这么点儿道理都不懂吗? これ位の道理さえ分からないのか。


用不到他们时,更把他们忘得干干净净了。彼らを必要としなくなると、なおさら彼らをきれいさっぱり忘れてしまうのだ。

副詞「更」は「なおさら、いっそう」の意味で、もとの程度よりさらに程度が高くなることを表す。

(用例)
大家一起吃就更好吃了。みんなで食べるとなおさら美味しい。
(用例)
她一个人住,所以更担心了。彼女は一人暮らしだからなおさら心配だ。
(用例)
连专家都不容易,外行就更不可能了。専門家でさえ容易でないのに、素人ではなおさら無理だ。


(四十五課 かわいそうな左手)
子供の頃「私には何でも出来る両手がある」という歌をよく歌っていた。
しかし、私は主に右手を使っており、左手の功能を発達させることにあまり関心がなかった。
不運にも、ある朝、自転車で通勤していたとき、若い男性に倒されて転倒し、右手を骨折した。
すぐに病院に運ばれ、ギブスをはめられた。
おかげで、生活はメチャクチャになり、いろいろなトラブルが発生した。
こうして私は健康な左手を使わなければならなくなった。服を着るのも、顔を洗うのも、歯を磨くのも、食事も、
水を飲むのも、本のページをめくるのも、全部左手でやった。字を書くことさえ左手を使わねばならない。
最初は左手がとてもぎこちなかったが、徐々にコツを掴んで上手になり、一人で野菜を洗ったり、切ったり、
炒めたりできるようになった。やがてほとんど他人の世話になる必要もなくなり、ネクタイを締めることさえ
自分なりに出来るようになった。
しかし、左手に対する扱いはあまり公平とは言えず、友人が私の右手の経過を気づかって尋ねて来たときに、
思わずこう言ってしまうことが多い:「右手を骨折したのは不運だった。むしろ左手が骨折していればよかったのに」
友人たちも「そうそう、右手は何よりも大切だ」などと相づちを打つ。傷ついたであろう左手の悲しみはまったく
無視されているが、その左手は何の抗議もせず、黙々と自分の務めを果たし続けている。
この左手のように、普段は往々にして気づかれず、ここぞというときにその重要性を発揮するような人や事物が
人生には多く存在する。
だが、そのような時であっても、相変わらず偏見を持ち、彼らを軽蔑し、傷つける人がいる。
そして、時が過ぎ、事態が好転して、彼らを必要としなくなった時になると、なおさら彼らを
きれいさっぱり忘れてしまうのだ。
三か月後、右手の機能が回復したときに、左手がこれまで果たした貢献を忘れてしまうかどうかはわからない。
だからせめて、右手がまだギプスをしている間は、左手に深く感謝したい。
そして怪我の痛みに耐えながら、右手にペンを握らせ、この文章を書き留めるよう命じようと思う。
それは今回自ら心に留めた出来事を、将来に渡って思い起こせるようにするためである。





四十六課

四十六课
关于打折
商店打折,人们早就不新鲜了。
商店几乎用出了所有能用的手段,然而在老百姓看来,反正是“买的不如卖的”,哪个商店也不会做不挣钱的买卖。
如果商店每天都打折,就会引起人们的怀疑。
但是我家附近有家面包房,从卖半价面包后,天天晚上都挤满客人,叫我感到非常奇怪。
这是怎么回事呢?
晚上散步时,我和爱人来到这家店里。
一进门,就见屋里靠墙的大牌子上写着“每晚8点起面包全部半价”。
此时8点刚过,遵守时间的人们就纷纷冲进店里,你争我抢就像不要钱似的,异常热闹,
不一会儿交钱的地方已排起长队。
趁爱人采购的时候,我同门口一位服务员聊起来。
问他生意为什么这么好,小伙子告诉我:“店里规定只卖当天做的面包。
要是晚上8点前还没卖完,便用降低价格的方法来保持食品的质量。”
看来,这个规律已经被细心的人们发现了。
消息越传越广,面包房的生意也就越来越好。
“如果一直这样,你们还挣得到钱吗?”我问。
“只靠半价面包肯定不行。”小伙子说,
“可是奶油蛋糕等并不是半价,它们的营业额上去了,所以从总体上来说并没有什么损失。”
我这才注意到现场做奶油蛋糕的窗口前也挤满了人,里面的厨师正在不停地忙着。
啊!我忽然明白了:这才是商店的用心之处!
原来卖半价面包的真正目的只是为了吸引更多的顾客进店,同时还留下个重视质量的好名声,多么聪明的店主人!
看来,同样是打折,打得巧妙,让人高高兴兴地花钱,也是一门艺术呢!


消息越传越广,面包房的生意也就越来越好。噂が広まれば広まるほど、店の商売もますます繁盛するようになった。

副詞「就」は、前節の条件・原因を受け、後節で判断・結論を導く。(そこで、すると、于是)

(用例)
年龄越大,经验也就越多。年を取るに連れて経験も豊富になる。
(用例)
因为劳动力便宜,成本也就自然低。人件費が安いので、コストも当然低い。
(用例)
人的寿命越来越长,领取养老金的人也就越来越多。寿命が長くなれば、年金受給者もますます増える。


(四十六課 割引について)
安売りといっても、今時の消費者は反応しないだろう。
店はあらゆる手段を駆使するが、庶民の目には「店が必ず儲かる仕組みになっている」と映る。
どの店も利益のない商売をするはずがなく、毎日安売りをする店などは、逆に疑われるだけだ。
しかし、我が家の近くに一軒のパン屋があるのだが、その店が半額のパンを売り出し始めた。
すると、毎晩店内は客でいっぱいになる。これはどうしたことだろうかと、私は不思議に思った。
夕方散歩がてら、妻とこの店にやってきた。
入ってすぐ、壁際に大きく「毎晩八時からパン半額」と書いてある看板が目に入った。
この時ちょうど八時を過ぎたところで、時間厳守の人々がどっと店内になだれ込んで来た。
店内はまるでタダ同然の品を奪い合うかのような異様な賑わいを見せ、ほどなくレジの辺りには
長い行列が出来た。
妻が買い物をしている間、私は入口の前で店員と話し始めた。
なぜそんなに繁盛しているのかと尋ねると、若者はこう言った。
「店のルールで当日作ったパンだけを販売している。もし午後八時までに売り切れない場合、
品質を保つために値段を下げるのです」
どうやら、そのルールはいち早く情報通な人々に知られ、その噂が広まれば広まるほど、
店の商売もますます繁盛するようになったようだ。
「そんなやり方を続けていても儲かるんですか?」 と私は尋ねた。
「半額のパンだけに頼っていては絶対に無理でしょう」若者は言った。
「でも、クリームケーキなどは半額ではなく、それらの売上が上がっているので、
全体から見ればたいした損失はありません」
私はそのとき、クリームケーキを作っているカウンターも人がいっぱいで、中にいるシェフも
常に忙しそうにしていることに気づいた。私はふと気がついた。これがこの店の狙いだったのだ。
パンを半額で売る本当の目的は、より多くの客を店に呼び込み、同時に品質を大切にするという評判を
残すためだったことがわかった。なんと賢い店主なのだろう。
どうやら同じ値引きにしても、巧みな値引きによって人々に喜んでお金を使わせているようだ。
これもまた一つの芸術といってもよい気がする。





四十七課

四十七课
捡到的东西、送走的东西(1)
[作者住在住宅楼1层的102号房间(有庭院)。
402房间和202房间在102房间上的4层和2层。]
妈妈什么事情都叫我做。
今天又被她逼着去做她自己不好意思做的事。
曾经有一回,天都黑了,楼上402号的阿姨到我们一楼来,
说晒着的人参掉到我们院子里了。
我们也帮着找,都没找着。
后来爷爷散步回来,才知道是他捡起来随手放在屋里了。
妈妈一边说爷爷“多事”,一边叫我送上去。
没想到今天又有类似的东西掉下来。
妈妈说:这真难办,如果不管它,万一被风刮跑,
谁知道人家会怎么想我们?
如果收起来,有人来找的时候也不好说。
大家讨论了很久,也没有找到合适的办法。
妈妈说:“这会不会还是那家掉的?”
爸爸说:“给他们拿上去吧。”
于是,就成了我的事。


天都黑了。すっかり夜もふけたにもかかわらず。

副詞「都~了」は、話し手の期待や予想と相反する事柄を後節に導く。不満のニュアンスを含む。

(用例)
天都黑了,怎么还不回家啊? 暗くなったのにまだ帰らないのか。
(用例)
全都走了,把我一个人丢下了。みんな行ってしまって、私一人置いてきぼりにされた。
(用例)
你在中国都十年了,简单的中文还不会说吗? 中国に十年もいるのに、簡単な中国語もしゃべれないのか。


我们也帮着找,都没找着。私たちも手伝って探したが、どうしても見つからなかった。

副詞「都」は、話し手の予想外の事態に対する不満の語気を表す。

(用例)
一点儿意思都没有。おもしろくも何ともない。
(用例)
昨晚一点儿都没睡。昨夜は一睡もできなかった。
(用例)
连吃饭的工夫都没有。食事をする時間すらない。


(四十七課 落し物、届け物1)
筆者は居住棟1階の102号室(中庭付き)に住んでいる。
402号室と202号室は102号室の上の4階と2階にある。
ママは何でも私にやらせる。今日もまた、恥ずかしくて自分ではできないことを私に押し付けた。
一度、日暮れ時に、上の階の402号室のおばさんが1階にやって来た。
干しておいた高麗人参が1階の中庭に落ちたと言う。
私たちも手伝って探したが、見つからなかった。
その後、祖父が散歩から帰ったときに、拾って家に放り込んだと分かった。
ママは祖父に「余計なおせっかい」だと言って、私に4階に届けさせた。
だがまさか今日もまた、同じようなものが落ちてくるとは思わなかった。
ママは言った。「困ったわ、放っておいて、万一風で飛ばされたら、人は私たちのことをどう思うかしら?
また拾っておいて、あとから誰かが探しに来たら、それはそれで決まりが悪いし。
私たちは長い間話し合ったが、適当な解決策は見つからなかった。
ママは言った。「これはやっぱり、あの4階が落としたんじゃないかしら?」
パパが言った。「彼らに持って行ってあげなさい」
けっきょく私が持って行くことになった。





四十八課

四十八课
捡到的东西、送走的东西(2)
傍晚,楼上202号的女主人在门外叫我们,说想到院子里找个东西。
一问才知道那东西是她家的。
妈妈说:“真糟糕,这种事以前402号就有过一次,我们以为还是他们家的,就送上去了。”
怎么办,让他们自己上楼去要,他们肯定是不干的。
就这样算了也不行,202号的女主人心里一定会很不高兴的。
毫无疑问这得我们自己来解决。
妈妈就跟我商量,说这种事小孩子去做最合适,希望我听妈妈的话,帮帮忙。
还东西,我还肯干。
还错了又让我要回来,可就没面子了。
大人不愿意做,我虽然小,可也是要面子的。
所以不论妈妈怎么说,我就是不动身。
最后,妈妈对我说:你想想是你的面子要紧,还是父母的面子要紧?
在高压之下,我只好含着眼泪去按402号的门铃,把妈妈教的话说了一遍,
从阿姨手里一拿到那破东西,就飞跑下楼,好像有鬼在后面追似的。


还东西,我还肯干。物を返すのならば、まだやってもいいよ。

副詞「还」は、動作や状態の持続・未変化を表す。(まだ、引き続き、なお、仍然)

(用例)
你以后还肯听我发牢骚吗? また愚痴を聞いてくれるかい。
(用例)
孩子很晚还不肯睡。子供は夜遅くなってもまだ寝ようとしない。
(用例)
为什么很多日本人60岁还不肯退休。なぜ多くの日本人は60歳でも引退しないのか。


所以不论妈妈怎么说,我就是不动身。だから、ママに何を言われても、僕は従うつもりはないよ。

接続詞「
不论」は「たとえ~であっても」の意味で、前節に前提となる事柄を述べ、
後節にその事柄がどうあれ結論に変わりはないことを提示する。(
无论、不管

(用例)
不论多贵,我都要买。どんなに高くても買う。
(用例)
不论怎样,来一瓶啤酒。何はともあれビールをくれ。
(用例)
不论漂亮还是不漂亮,人好就行。美人であろうとなかろうと、人柄が良ければよい。


副詞「就是」は「どうしても」の意味で、話し手の断定・強調の語気を表す。(
怎么也

(用例)
他就是不同意。彼はどうしても賛成しない。
(用例)
不论多痒,就是不笑。いくらくすぐっても、どうしても笑わない。
(用例)
明明闹钟有三个,但就是起不来。目覚まし時計が三つもあるのに起きられない。


(四十八課 落し物、届け物2)
夕方、202号室の女主人が庭で探し物がしたいと言って、ドアの外から声をかけてきた。
聞いてみると、例の人参は、彼女の家のものであることが分かった。
ママは言った。「困ったわ。402号室でも以前同じことがあって、私たちはてっきりその家のものだと思った。
そこで、402号室まで届けてしまったのよ」
どうしよう、あの女主人に自分で取りに行かせようとしても、絶対に嫌がるでしょう。
このままで済ますわけにもいかないわ。202号室の女主人は機嫌を悪くするに決まっている。
いずれにしてもこの件は、自分たちで解決しなければならない問題よ。
そしてママは私に言った。「こういうことは子供が対応するのが一番だから、私の言うことを聞いて手伝ってほしい」
僕は、物を返すのであれば、まだやってもいいけど、返し間違ったから、またしても僕に取って来させるなんて、
全く僕の立場がないよ。大人がやりたくないことは、僕のような子供でも、やっぱりメンツというものがあるんだ。
だから、ママに何を言われても、僕は従うつもりはないよ。
しまいに、ママは言った。「あなたは自分のメンツが大事か、それとも親のメンツが大事なのかよく考えなさい」
プレッシャーをかけられた僕は、目に涙を浮かべながら、402号室の呼び鈴を鳴らし、
ママから教えられたことを一通り言わざるを得なかった。
そして、おばさんの手から、そのどうしようもない物を受け取るやいなや、僕はまるで鬼に追いかけられるかのように
一目散に階段を駆け下りたのだった。





四十九課

四十九课
动物的利他行为
一般认为自私是动物的本性。
动物的利他行为与其自私的本性大相矛盾,这曾使生物学家大惑不解。
在一个群居的动物群体中,经常有动物的利他行为,
甚至会有动物个体为了群体利益而牺牲自己利益的情形出现。
一个动物向其他动物发出警告的信号,
有点像小学生们看见老师走近时用暗号来通知其他吵闹的同学。
假如有一群鸟在田野上觅食嬉戏,这时一只老鹰在远处飞过,
如果鸟群中一只小鸟首先发现这只老鹰,而其余的鸟还没有发现,
这只反应快的小鸟会怎么做呢?
它本可以马上蹲下来不动,躲在草丛中。
但这样做对它并无好处。
因为它的伙伴还在周围活动,吵吵闹闹。
它们当中任何一只都可能引起老鹰的注意。
那时整个鸟群都要面临危险。
因此它应当立即对它的伙伴发出紧急警告,
让它们马上安静下来,以减少它们把老鹰引到自己附近的可能性。
这样做虽然会使自己的生命受到威胁,但从绝对自私的立场出发,这是它能够采取的最好办法。
那么,这只小鸟难道不可以只顾自己飞走,并不警告伙伴吗?
如果是这样的话,它就要成为一个脱离鸟群的孤独的小鸟了,
在此后生涯中就无法依靠鸟类集体力量所能提供的保护,
这样危险太大了,随时都有死亡的可能。
类似现象在其他群居动物中也时常可见。
动物的利他行为的根源非常复杂,现在生物学家还在继续探索,设法进一步解开这些迷。


它们当中任何一只都可能引起老鹰的注意。仲間のうちのどれか一羽が鷲の注意を引くかもしれない。

疑問代詞「任何」は、任意の事物すべてを指示する。(いかなる~であれ、
论什么

(用例)
他们当中没有任何一个人怀疑。彼らのうち誰一人として疑う者はいなかった。
(用例)
那家商店代销任何一家公司的商品。あの店はどこの会社の商品でも取り次ぐ。
(用例)
那个在世界上任何一个国家都是一样的。それは世界のどの国であろうと同じだ。

副詞「都」は、疑問代詞と共に用いて、一つの例外もないことを表す。

(用例)
谁都那么想。誰しもそう思う。
(用例)
任何人都会犯错误的。間違いは誰にでもある。
(用例)
无论什么工作我都干。どんな仕事でも引き受ける。


那时整个鸟群都要面临危险。そうなれば群れ全体が危険にさらされてしまう。

助動詞「要」は、当然そうなるべき必然性を表す。(必ず、应该)

(用例)
结果还是要依靠父母。結局は親に縋ることになる。
(用例)
他们俩一定要破裂。彼らはきっと破局を迎えることになる。
(用例)
再不下雨,庄稼都要旱死了。これ以上雨が降らないと作物は枯死する。


(四十九課 動物の利他的行動)
一般に、利己主義が動物の本性だと信じられている。その一方、動物の利他的な行動は、
利己主義的な動物の本性と大きく矛盾しており、生物学者たちを困惑させてきた。
群れで生活している動物の集団の中では、しばしば利他的な行動が見られる。
群れの利益のために個々の動物が自分の利益を犠牲にすることさえある。
ある動物が他の動物に警告を発するのは、例えて言えば、小学生が教師が近づいてくるのを見て、
合言葉を使って他の騒がしい生徒に注意を促すようなものだ。
また例えば、鳥の群れが野原で餌を食べたり遊んだりしているとき、遠くに鷲が飛んできたとする。
群れの中の一羽の小鳥が先に鷲を見つけたが、他の鳥はまだ鷲を見つけていなかった場合に、
この反応が早い小鳥はどうするだろうか?
すぐにしゃがんで草むらに隠れてじっとしていることもできるだろう。
しかし、それはあまり適切な行動とはいえない。
なぜなら仲間はまだ周囲で動き回っていて、大きな音を立てて騒いでいるからだ。
場合によっては、仲間のうちのどれか一羽が鷲の注意を引くかもしれない。
そうなれば群れ全体が危険にさらされてしまう。
それゆえ、その小鳥は仲間に緊急の警告を発して、彼らを直ちに静かにさせるべきだ。
それは鷲を自分たちの付近まで引き寄せる可能性を減らすためだ。
これは彼自身の命を危険にさらすことになるが、絶対的な利己主義の立場からすれば最善の策である。
それでは、この小鳥は仲間に警告することなく、自分勝手に飛び去ってはならないのだろうか?
もしそうなら、その小鳥は、群れからはぐれた一羽の孤独な鳥にならざるを得ない。
その後の生涯において、鳥の集団の力が与えてくれる保護に頼ることはできなくなる。
そうなると危険はあまりにも大きく、死は常に身近に起こりうるものになってしまう。
同じような現象は、他の集団生活を営む動物にもしばしば見られる。
動物における利他的行動のルーツは複雑であり、生物学者たちはそれをさらに解明しようと探求を続けている。





五十課

五十课
互相同情
我来到这个山村学校差不多两年了,工作挺愉快,
可就是食堂的伙食太差了,不是白菜萝卜,就是萝卜白菜。
而我的身体不好,需要增加营养。
于是,我经常到学校旁边的一个小村庄里去买鸡蛋。
卖主是个六十多岁的老太太,她叫我说个价钱。
我想了想,便定了五毛钱一个。
其实,我暗暗给她提高了五分钱,在我们家乡那边四毛五分要多少买多少。
我看到这老人可怜,没儿没女,只靠自己养的几只母鸡来过日子,
于是我每个鸡蛋多出五分钱,并且下决心,以后也就这么做下去。
现在不是提倡要帮助贫困地区的人们吗?我就帮帮她吧!
奇怪的是老太太既不说贵,也不说便宜。
于是,价钱就这么定了下来。
这样过了一段时间,我觉得这老人实在可怜,
便单方面又要提高五分钱,改成一个鸡蛋五毛五分。
这回老太太说话了,怎么都不肯提高价格,但我一定要这么做,老太太这才接受了。
这件事,一直使我感到很自豪。
可是终于有一天,我发现事情根本不是我想的那样。
那天,我照常去老太太那里买鸡蛋,正碰上一个采购鸡蛋的人在跟老太太商量,
他想出六毛一个的价格把老太太的鸡蛋全收走。
老太太不肯,那个人说,这个价相当高了,山里都是这个价。
老太太说,不是因为这个价,而是这些鸡蛋要卖给那位瘦老师,
人家那么远到我们这里教书,又那么瘦,
我希望他胖起来,在这个小学里长期呆下去,孩子们需要他。
我一下子傻了,原来以为一直是自己在帮助老太太,
没想到事实上我做的事情只是一种自我满足。


可就是食堂的伙食太差了。ただ一つ、食堂の献立があまりに酷い。

副詞「就」は、動作・情況の範囲を限定する。(ただ~だけ、只是,只有)

(用例)
你就是我的一切。きみこそわが命。
(用例)
就学过英语。英語だけは学んだことがある。
(用例)
他一天就喝两杯茶。彼は一日に二杯しかお茶を飲まない。


不是白菜萝卜,就是萝卜白菜。毎回白菜か大根ばかりだ。

接続詞「不是~就是」 は、二つの可能性のうちどちらかを選択する。(~でなければ~だ)

(用例)
不是下雨,就是刮风。雨が降らねば風が吹く。
(用例)
到货不是今天,就是明天。荷物の到着は今日でなければ明日だ。
(用例)
他整天不是上网,就是看书。彼は一日中インターネットをしているか、読書をしている。


她叫我说个价钱。彼女は私に試しに値段をつけてみろと言う。

量詞「个」は、動詞と目的語の間に置かれ「ちょっと~してみる」という動作量を表す。

(用例)
洗个手就来。ちょっとトイレに行って来る。
(用例)
打个电话告诉他。ひとつ電話して彼に知らせよう。
(用例)
洗了个澡,爽快多了。ひと風呂浴びてさっぱりした。


在我们家乡那边四毛五分要多少买多少。郷里では、4毛5分もあれば、欲しい物は欲しいだけ買える。

「多少~多少」は、同一の数詞を呼応させる用法。前後の数詞や疑問代詞は同一の事物を指す。

(用例)
谁想好了,谁回答。分かった人から答えてください。
(用例)他有多少钱,就花多少。お金があればあるだけ使う。
(用例)
你喜欢吃什么,就吃什么。何でも好きなものを食べなさい。


并且下决心,以后也就这么做下去。しかもそれ以後もこうしていこうと決めた。

副詞「就」は、前節の条件・原因を受け、後節で判断・結論を導く。(そこで、すると、于是)

(用例)
这件事就这么决定下来了。この件はこうして決まった。
(用例)
他们就成了好朋友。彼らはこうして仲の良い友達になった。
(用例)
一所医院就这么办起来了。こうして一つの病院が設立された。


于是,价钱就这么定了下来。それで卵の値段はこのように決まった。

結果補語「下来」は、動作の結果、一定の情況が確立し、それがそのまま残存・持続することを表す。

(用例)
野猫定住下来了。のらネコが居ついてしまった。
(用例)
把老师讲的都记下来。先生の話をみな書き留める。
(用例)
把连续剧录下来第二天看。ドラマを録画しておいて翌日見る。


老太太这才接受了。(老太太终于答应了) ここに至って、お婆さんはようやく承知した。

副詞「才」は、一定の時間を経た後にある情況が実現することを表す。(ようやく、总算)

(用例)
这才明白。これでやっとわかった。
(用例)
他想了一会儿,才回答。彼はしばらく考えてからようやく答えた。
(用例)
等了两个小时,才轮到自己。二時間待ってやっと自分の番がきた。


人家那么远到我们这里教书,又那么瘦。辺鄙な山奥にわざわざ教えに来てくれたが、あんなに痩せてもいる。

副詞「又」は、同一の主体の二つ以上の側面を述べる。(しかもまた、也是)

(用例)
他的说法又是那么奇妙。彼の言いぐさがまたふるっている。
(用例)
他是我的同学,又是我的同乡。彼は同級生でもあり、同郷の人でもある。
(用例)
性格温柔,力气大,又是个帅哥。気は優しくて力持ち、しかもイケメン。


(五十課 情のかけあい)
この山村の学校に来て間もなく二年になるが、仕事のほうは結構楽しい。
だが、食堂の献立があまりに酷く、毎回白菜か大根ばかりだ。
自分の健康状態はあまり良くないし、もっと栄養のある食材が必要だった。
そのため、学校の近くにある小さな村にしばしば卵を買いに行った。
売り主は六十過ぎのお婆さんだったが、彼女は私に値段を決めろと言う。
そこで私はよく考えて、一個5毛に決めた。
実は彼女のために、こっそりと5分ほど高くしたのだった。
私の郷里では、4毛5分もあれば、たいていの物は買うことが出来る。
私は最初、この年寄りを見て可哀そうに思ったのだ。
彼女は子供もおらず、数羽の鶏を頼りに暮らしを立てている。
そこで私は卵一個につき、5分ほど多めに支払おうと思った。
しかもそれ以後もこうしていこうと決めた。今、貧しい地域の人々への援助が
提唱されているなか、私は彼女を積極的に手助けしようと思ったのだ。
奇妙なことに、老婦人はその値段が高いとも安いとも言わなかった。
それで卵の値段はこのように決まった。
こうしてしばらく時間が経過したのだが、私はまたこの老人が気の毒に
思えてならなくなった。
そこで私は一方的に、更に5分値上げして、卵一個5毛5分とした。
するとお婆さんは納得せず、値上げを拒否したのだが、私がどうしてもと粘ったので
彼女はようやく承知したのだった。
この出来事の後、私としてはとても誇らしい気分で毎日を過ごしていた。
しかし、ある日ついに、事態は私が考えていたようなものではないことが分かった。
その日、いつものように卵を買いにお婆さんのところへ行くと、卵の買い付け人が
彼女と話し合っているところに出くわした。
その買い付け人は、一個6毛でお婆さんの卵をすべて買い取ろうとした。
老婦人が断ると、その男はこの値段はかなり高くて、この辺りの山ではみなこの値段だと言った。
彼女は言った。この値段だからという訳ではなく、これらの卵はあの痩せた先生に売りたいのだ。
あの先生は、こんな辺鄙な山奥にわざわざ教えに来てくれた。しかも、あんなに痩せているので、
ぜひ太ってもらって、この小学校に長く留まって欲しい。子供たちも彼を必要としているのだから。
私は呆然としてしまった。自分としてはずっとお婆さんを助けていると思っていたのに、実際に
自分がしていることが、一種の自己満足に過ぎなかったとは思ってもみなかった。










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