ギリシア神話事典                あ行 い行  え行  お行  か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 ら行

アイアイエ島Aiaia
太陽神ヘリオス(Helios)の娘である魔女キルケ(Kirke 女神 Goddess)が住むと言われる島。
(オデュッセイア 第十歌 164-177)


アイアコスAiakos
アイギナ島(Aigina Island)の王。ゼウスとアソポス河神 Asopos の娘アイギナ(Aigina ナイアス Naias 水のニンフ)との子。
ヘラ(Hera オリュンポス神)によって島民を疫病で滅ぼされた彼が、ゼウスに祈って島のアリを人間に変えてもらった。
彼らは、のちにトロイ戦争でアキレウス(Achilleus)の手兵として活躍するミュルミドン人(Myrmidones)の起源である。
妻はエンデイス(メガラ王 Megara スケイロン Skeiron とサラミス王 Salamis キュクレウス Kychreus の娘カリクロ Chariklo の娘)
エンデイスとの間に、ペレウス(Peleus)とテラモン(Telamon)をもうけた。
二番目の妻はプサマテ(Psamathe ネレイス Nereis 海のニンフ)。
プサマテとの間にフォコス(Phokos)をもうけた。
死後は、ミノス(Minos)や ラダマンテュス(Rhadamanthys)と共に冥界で死者を裁く裁判官をつとめている。
(アポロドロス 第三巻 12-6)


アイアスAias  
1 大アイアス(Aias the Great)
サラミス王(Salamis Island)テラモン(Telamon)とペリボイア2(Periboia)の子。
ヘラクレス(Herakles)がサラミスを訪れた際、ライオンの皮を敷いて、強い子が産まれるようにと祈った。
その際、ゼウスが、鷲(aietos)を承諾の証に放ったため、アイアスと名づけられた。
ヘレネ(Helene ゼウスの娘)の求婚者の一人。
トロイ戦争時はサラミス勢12隻を率い、ギリシア軍内ではアキレウスに次ぐ勇将。
ヘクトル(Hector トロイ軍の総指揮官)と一騎打ちをして引き分け、パトロクロス(Patroclus ギリシア軍の武将)が討たれた際には、その死体を激戦の上に救った。
また、パトロクロスの葬送競技ではオデュッセウス(Odysseus)と共に相撲で優勝。
さらに、敵の矢を浴びながらアキレウスの遺骸を味方の陣地まで運び、その葬送時には円盤競技で勝つ。
アキレウスの武具をオデュッセウスと競技で争った際、観衆によって敗北を宣言され、憤激のあまり自軍を襲おうとした。
しかし、アテナ(Athena オリュンポス神)によって狂わされ、自軍と思って家畜を殺す。
のちに正気に返り自殺した。
(イリアス 第ニ歌 557,第六歌 4, 第七歌 181-318, 第11歌 462-494)(オデュッセイア 第11歌 542-562)
(アポロドロス 第三巻 10-8,12-7, E3-11,4-2,4-6,4-7,5-4,5-6)

2 小アイアス(Aias the Less)
ロクリス王(Lokris)オイレウス(Oileus)とエリオピス(Eriopis イオルコス王 Iolkos イアソン Iason の娘)の子。
ヘレネ(Helene ゼウスの娘)の求婚者の一人。
トロイ戦争時にロクリス勢40隻を率いた俊足の勇将。
トロイ落城の際、アテナの木像に抱きついていたカッサンドラ(Kassandra トロイ王女)を犯して神殿を汚した。
またトロイからの帰還の途中アテナに船を破壊され、しがみついた岩をポセイドンに砕かれて死んだ。
(イリアス 第ニ歌 527,第14歌 520)(オデュッセイア 第四歌 499-511)
(アポロドロス 第三巻 10-8, E3-11,5-22,6-6)


アイエテスAietes
コルキス(Kolchis)の王。
太陽神ヘリオスとオケアノス(Okeanos ティタン神)とテテュス(Tethys ティタン神)の娘ペルセイス(Perseis オケアニド Oceanid 海のニンフ)の子。
妻エイデュイア(Eidyia オケアニド Oceanid 海のニンフ)との間に娘のメディア(Medeia)とカルキオペ(Khalkiope)。
二番目の妻アステロディア(Asterodeia ナイアス Naias 水のニンフ)との間に息子アプシュルトス(Apsyrtos)をもうけた。
フリクソス(Phrixos テバイ王子 Thebai)が金毛の羊に乗ってボイオティア(Boiotia)から逃げてきた際、彼を客としてもてなした。
さらに娘カルキオペを娶らせたため、彼からその羊の皮を贈られる。( → おひつじ座の伝説)
アレスの杜(Sacred Wood of Ares)の樫の木にそれを打ちつけ、竜に見張りをさせて保管した。
英雄イアソン(Iason)がイオルコス王 Iolcos ペリアス(Pelias)に命じられて皮を取りに来たとき、それを渡す条件として難題を課した。
しかし、もともと最初から皮を渡す気はなく、イアソンの船を焼いて乗組員全員を殺そうと考えていた。
結果、イアソンに恋した娘メディアの策略によって皮を盗まれる。
夜の闇に紛れて出航したイアソンと娘を追跡するが、メディアが弟アプシュルトスを殺して海に投げ込んだため、その遺体を探している間に逃げられてしまう。
( → イアソン)


アイオリアAiolia
風の神アイオロス(Aiolos)の島。岩山で青銅の城壁を有する浮島。
(オデュッセイア 第十歌 1)


アイオリアAiolia
アミュタオン(Amythaon イオルコス王クレテウス Kretheus の子)の娘。
カリュドン(Kalydon エリス王アイトロス Aitolos の子)との間にエピカステ(Epikaste)とプロトゲネイア2(Protogeneia)を産んだ。


アイオリスAiolis
小アジア西海岸に位置する古代の地方。
地名は紀元前10C以前にギリシアから移民してきたアイオリス人に由来する。
(The Encyclopedia Britannica)


アイオロスAiolos
1 風の神。
ヒッポテス(Hippotes アイオリス王 Aiolis ミマス Mimas の子)とメラニッペ(Melanippe ケンタウロス族 Kentauros のケイロン Cheironの娘)の子。
アイオリア島(Aiolia)に住み、その六人の息子と六人の娘は、相互に結婚して父の島に居住していた。
彼は風を袋に閉じ込める力を有し、漂着したオデュッセウスを歓待し、航海のためのゼフュロス(Zephyros 西風)を革袋に詰めて与えた。
その他の逆風は別の革袋に封じ込めたので、順調に航海を進めることが出来た。
しかし、オデュッセウスの部下が逆風の袋を開けたため、再びアイオリア島に漂着する。
アイオロスはオデュッセウスが神々の怒りを受けているとし、今度は冷酷に追い返した。
(アポロドロス E7-10,7-11)

2 テッサリア王 Thessaly。
ヘレン(Hellen デウカリオン Deucalion の子)とオルセイス(Orseis オレアド Oread テッサリアの山のニンフ)の子。
父ヘレンからテッサリア周辺の地を与えられた。
アイオリス(Aiolis)人の祖。
エナレテ(Enarete ピュロス王 Pylos ネレウス Neleus の息子デイマコス Deimachos の娘)との間に、シシュフォス(Sisyphos)、
アタマス(Athamas)、クレテウス(Kretheus)、サルモネウス(Salmoneus)、デイオン(Deion)、ペリエレス(Perieres)、
マグネス(Magnes)の七人の息子と、カナケ(Kanake)、アルキュオネ(Alkyone)、ペイシディケ(Peisidike)、
カリュケ(Kalyke)、ペリメデ(Perimede)の五人の娘をもうけた。
(アポロドロス 第一巻 7-3)



アイガイオンAigaion
1 → ブリアレオス(Briareos)
2 アルカディア王 Arkadia リュカオン(Lykaon)の子。
高慢不敬であったため、ゼウスの雷霆(らいてい Thunderbolt)に打たれて死んだ。
(アポロドロス 第三 巻8-1)


アイギスAigis
アテナの神盾。アマルテイア(Amaltheia 山羊)の皮で作られた盾。
ありとあらゆる邪悪・災厄を払う魔除けの能力を持つとされる。
後にメドゥーサ(Medusa)の首が飾られる。ヘファイストス(Hephaistos オリュンポス神)製。
(The Encyclopedia Britannica)


アイギストスAigisthos
テュエステス(Thyestes)が実の娘ペロペイア(Pelopeia)に生ませた子。
長じて伯父アトレウス(Atreus)を殺害して父の復讐を果たした。
その後、アトレウスの二人の息子、アガメムノン(Agamemnon)とメネラオス(Menelaos)がトロイ戦争に出征している間に、
アガメムノンの妃クリュタイムネストラ(Klytaimnestra)と通じ、帰国したアガメムノンを殺害、ミュケナイ(Mycenae)の王位についた。
しかしやがて成長して帰国したアガメムノンの王子オレステス(Orestes)にクリュタイムネストラともども殺された。
(アポロドロス E2-14,6-9,6-23,6-25)


アイギナAigina
シキュオン(Sikyon)のアソポス河神(Asopos)の娘。ナイアデス(Naiades)の一人。
ゼウスが大鷲に姿を変えて、彼女を無理やり奪い去ったので、父のアソポスは、娘を探し求めてギリシア中をさまよった。
とうとうコリントス(Korinthos)で、シシュフォス王(Sisyphos)から、「たった今、鷲がそれらしき娘を連れて行くのを見た」、と聞き出す。
シシュフォスは、「自分のアクロポリス(Akropolis)に泉を湧かせてくれたら娘の居場所を教える」と持ちかける。
アソポスがペイレーネの泉(Peirene)を湧き出させたので、シシュフォスはゼウスとアイギナの居所を告げた。
娘の場所を知ったアソポスは、ゼウスの寝所に入ったが、逆にゼウスの雷に撃たれ、黒焦げになってしまった。
この河床に炭があるのはそのためである。
ゼウスはアイギナを連れてオイノネ島(Oinone)に行き、そこでアイアコスが生まれた。
以来、この島はアイギナ島と呼ばれた。
(アポロドロス 第三巻 12-6)


アイギナ島Aigina Island
エーゲ海西部、サロニコス湾(Saronikos)中部にあるエイナ島(Ayina)の古名。
古代ギリシアにおいては、アテネに対抗する都市国家(ポリス)のひとつであった。
今日ではリゾートの島として知られる。
(The Encyclopedia Britannica)

(アイギナ島の伝説)
ある時ゼウスはアイギナ(Aigina)という女性と交わり、アイアコスという子供を生ませた。
アイアコスは自分が生まれたその島をアイギナ島と名づけ、島の住民の王となった。
しかしゼウスの妻である女神ヘラは、アイアコスの存在を知って激しく嫉妬する。
そしてその嫉妬はアイギナ島を死へと導き全てを灰にした。
ついに自分を残して無人になった島で、アイアコスは一人「蟻(myrmex)のようにたくさんの部下を授けてください」とゼウスに祈り続けた。
するとある日夢の中で神木から無数の蟻が降り注いで、それが人間になる夢をみる。
目が覚めて外に出ると、なんとそれが現実となり夢で見たのと同じ顔をした人々が大勢島にやってくるではないか
このことからアイアコスによって彼らはミュルミュドン(Myrmidones)と名付けられた。


アイギュプトスAigyptos
ポセイドンの息子ベロス(Belos)と、ナイル河神の娘アンキノエ(Anchinoe ナイアス Naias 水のニンフ)の子。
父ベロスによってアラビアの支配者に任じられた。後にエジプトを征服し、この土地に自分の名を与えた。
多くの女とのあいだに50人の息子があったが、彼らは兄弟ダナオスの 50人の娘(Danaides)たちと結婚しようとしてアルゴス(Argos)に行った。
しかし、新婚初夜に花嫁の手にかかり皆殺しにされた。( → ダナオス)
(アポロドロス 第ニ巻 1-4,1-5)


アイゲウスAigeus
アテネ王。アテネ王パンディオン(Pandion)とメガラ王(Megara)ピュラス(Pylas)の娘ピュリア(Pylia)の子。
トロイゼン王(Troizen)ピッテウス(Pittheus)の娘アイトラ(Aithra)との間に英雄テセウス(Theseus)をもうけた。
後にテセウスが父である彼に会いにトロイゼンから徒歩ではるばる来た際にはコルキス生まれのメディアと結婚していた。
テセウスの素姓を察知したメディアは、アイゲウスをそそのかし、テセウスの暗殺を企て、毒を飲ませようとした。
しかしまさにその時、テセウスは彼の息子である証拠の、トロイゼンの岩の下に隠しておいた父の刀を贈った。
これを見るやアイゲウスは毒薬をその手から床に叩きつけ、妻のメディアを追放した。
その後、テセウスがクレタ島の怪物ミノタウロス(Minotauros)を退治して帰還した時、
テセウスが無事にミノタウロスを退治できた場合には船に白い帆を張って帰還すると約束していた。
しかし、テセウスは誤って黒い帆を張ったまま帰還したため、アイゲウスはテセウスが死んだものと勘違いし、絶望して海へ投身自殺した。
この海は彼の名に因んで「エーゲ海 Aegean Sea」と名付けられた。
(アポロドロス 第三巻 15-6,15-7, E1-5,1-6,1-7,1-10)


アイスキュロスAischylos [前525頃-前456]
ギリシアの三大悲劇詩人の一人。
アッティカ悲劇(Attica)の形式の完成者。
ペルシア戦争の際、重装兵としてマラトン(Marathon)の決戦に参加 (前 490) 。
ギリシア悲劇中唯一現存の歴史劇『ペルシア人』Persai(前 472上演)はサラミス海戦(前 480)の体験に基づく。
若い頃から劇作家として演劇競技に出場、作品は 90編あったと伝えられ、多くが3部作をなし、前 484年の初優勝以来優勝は13回。
現存作品はほかに、『テバイ攻めの七将』Hepta epi Thebas(前 467) 、『救いを求める女たち』 Hiketides (前 463)、
『縛られたプロメテウス』 Prometheus Desmotes (前 460頃) 、
三部作『オレステイア』 Oresteia (前 458)すなわち『アガメムノン』 Agamemnon、『供養する女たち』 Choephoroi、『慈愛の女神たち』 Eumenidesなど。
(The Encyclopedia Britannica)


アイソンAison
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イオルコス王クレテウス(Kretheus)とテュロ(Tyro エリス王 Elis サルモネウス Salmoneus の娘)の子。英雄イアソンの父。
父の王位を継ぎ、ポリュメデ(Polymede ヘルメス Hermes の子アウトリュコス Autolykos の娘)と結婚して息子イアソンをもうけた。
しかし、異父兄弟のペリアス(Pelias)に王位を簒奪され、自殺を強要されてしまう。

一方、母のテュロは、息子イアソンを秘かに、テッサリアのペリオン山(Pelion)に住むケンタウロス族の賢人ケイロンに預けた。
やがて青年になったイアソンは立派に成長し、王位を返してもらうために故郷に戻ることにした。

途中イアソンは、浅い河の前に一人、立ち往生する老婆と出会う。
ケイロンから礼節の教えを受けていたイアソンは、迷うことなく親切に彼女を背負って河を渡り始めた。

ところが河の半ばに来たとき、老婆はものすごく重くなった。
どうにか反対の岸までたどり着くことは出来たが、片方のサンダルが河に流されてしまった。

実はこの老婆は女神ヘラであり、イアソンを試したのだった。
イアソンはこの後、ヘラの支援と加護を受けることになった。

一方イオルコスのぺリアスは「片方だけサンダルを履いた男に地位を奪われる」という神託を受けていた。
そんな時、片足だけサンダルを身につけるイアソンが現れた。

恐れをなしたぺリウスは、イアソンに「黄金の羊の皮を持ってきたら王座を譲る」と無理難題をふっかける。

黄金の羊の皮とは、黒海の東の地コルキスの聖林(アレスの杜 Sacred Wood of Ares)の中に、決して眠ることのない竜に守られている秘宝であった。
長くて危険な船旅を要するこの要求を、イアソンは果敢にも受けて立つのである。  (→ イアソン)

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アイテルAither
光(天界)を表す擬人神。ヘシオドス(Hesiodos)によれば、エレボス(Erebos 闇、冥界)とニュクス(Nyx 夜)の子で、ヘメラ(Hemera 昼)の兄弟。
(ヘシオドス124)


アイドス・キュネエAidos kynee
冥界の神ハデス(Hades)の隠れ兜(Helmet of Invisibility)。キュクロプス(Kyklops)製。
それをかぶると姿が消えるという兜。ハデスより借りてきたヘルメス(Hermes)がペルセウス(Perseus)に貸した。
ペルセウスはメドゥーサの首をキビシス(Kibisis 魔法の袋)の中に放り込むと、ハデスの隠れ兜をかぶって姿を隠して逃走した。
(Classical Mythology: A Guide to the Mythical World of the Greeks and Romans by William Hansen)


アイトラAithra
1 トロイゼン王(Troizen)ピッテウス(Pittheus)の娘。
アテネ王アイゲウス(Aegius)の妻。英雄テセウスの母。

2 ティタン神オケアノスとテテュス(Tethys)の娘。(オケアニド Oceanid 海のニンフ)


アイトリアAitolia
古代ギリシア中西部、パトラス湾(Patras)に臨む地方。
沿岸部は平地で肥沃だが、山岳部は農業に適さず、野獣が多く、ギリシア神話ではカリュドンの猪狩りの舞台として有名。
(The Encyclopedia Britannica)


アイトロスAitolos
エリス王(Elis)エンデュミオン(Endymion)とイフィアナッサ(Iphianassa ナイアス Naias 水のニンフ)の子。
父エンデュミオンは、パイオン(Paion)、エペイオス2(Epeios)、アイトロスの三男と一女エウリュキュデ(Eurykyde)があった。
エンデュミオンの提案で王権をめぐって兄弟と徒競走で争ったが敗れ、エペイオスが王となった。
このためパイオンはマケドニアに去ったが、アイトロスはエリスに残り、エペイオスの死後に王となった。
後にアイトロスは、暴君であったアルゴス王アピス(Apis)を殺害し、このためアケロオス河(Acheloos)の流域の地に亡命した。
そこでその地の人々はアイトロスにちなんでアイトリアと呼ぶようになった。
テッサリアのフォルバス(Phorbas) の娘プロノエ(Pronoe)を妻とし、プレウロン(Pleuron)とカリュドン(Kalydon)の二子を得た。
(アポロドロス 第一巻 7-6,7-7)


アイネイアスAineias
アフロディテとアンキセス(Anchises トロイ王族のカピュス Kapys の子)の子で、イデ山2のニンフに育てられた。
トロイ戦争ではトロイ側ダルダニア(Dardania)勢を率いた名将。
トロイ陥落の際、父のアンキセス(Anchises)を担いで逃れたというその敬虔さゆえにギリシア勢に見逃してもらった。
長い流浪の末、イタリアのラティウム(Latium)にたどりつき、そこでラテン人の王であったラティヌス(Latinus)の娘ラウィニア(Lavinia)と結婚。
妻の名にちなみ、ラウィニウム(Lavinium)という市を建設し住んだ。
彼の死後、息子のアスカニオス(Askanios)は、ラウィニウムの支配権は母ラウィニアに譲り、のちにローマの母市となるアルバ市(Alba)を建設してその王となった。
この伝説により、ローマ人はアイネイアスを介してトロイの伝統を継承していると自負していた。
(ウェルギリウス Vergilius 『アエネイス Aeneis』)
(イリアス 第ニ歌 819 第五歌 217,465,575, 第13歌 455,544, 第20歌 86-340)
(アポロドロス 第三巻 12-2, E5-21)


アヴァロン島Avalon
イギリスの伝説の島。「至福の島」とも呼ばれる。
カムランの戦い(Battle of Camlann)で致命傷を負ったアーサー王(King Arthur)が最期を迎えた場所。
戦いで死んだ戦士たちの魂が集まるという伝説があり、戦士たちは暗黒の力から正義を守るためにこの島で永遠の眠りにつくといわれる。
「マーリン伝 Vita Merlini」(Geoffrey of Monmouth)


アヴェスターAvesta
ゾロアスター教(Zoroastrianism)の聖典。
3世紀頃にゾロアスター教に関する諸伝承が集大成されたもので、内容は、善悪二元論の神学、神話、神々への讃歌、呪文等から成り、大きく分けて以下の5部からなる。

@「ヤスナ」(Yasna 祭儀に関する書)
A「ヴィスプ・ラト」(Visp-rat ヤスナの補遺で創造や徳についての祈祷書)
B「ウィーデーウ・ダート」(Vedev-dat 悪の除去を目的とする法や戒律を示すもの)
C「ヤシュト」(Yast 21の神々に捧げられた頌神書)、
D「ホルダ・アヴェスター」(Xordah Avesta 小アヴェスターとも呼ばれ、日常的に使用する比較的短い祈祷文を集めたもの)

今日の「アヴェスター」は、ササン朝(Sassanid)期にパフラヴィー文字(Pahlavi scripts)を基礎とするアヴェスター文字により音写され
21巻本に編集された原典の4分の1で、「アヴェスター」の多くはイスラムの侵入により破壊された。
(The Encyclopedia Britannica)



アウズンブラAudumbla
天地創造のとき、蒸気の水滴から生まれた雌牛。
原初の巨人ユミル(Ymir)に乳を与え、青草の代わりになめた氷から神々の祖ブーリ(Buri)が生まれる。
Teutonic Myth&Legend (Donald A. Mackenzie)


アウリスAulis
ギリシア中東部 ボイオティア地区(Boiotia)の古代の港町。


アエトリオスAethlios
デウカリオンの娘プロトゲネイア(Protogeneia)とゼウスの子。
アイオロス2の娘カリュケ(Kalyke)との間にエンデュミオン(Endymion)をもうけた。


アカイアAchaia
ペロポネソス半島の北部の古代ギリシアの地域名。
北部の中心地パトラス(Patras)が栄え、肥沃な農業地帯で、柑橘類やオリーブを産した。
古代アカイアには 12の市があり、宗教的な同盟を形成し、のちのアカイア連盟の母体となった。
ローマとの戦いののち、前 146年マケドニアの一地域としてローマに支配された。
(The Encyclopedia Britannica)


アカイア連盟Achaean League
古代ギリシアのペロポネソス半島北部のアカイア地方の諸都市を中心とした連盟。
前四世紀頃までにアカイア地方を中心にして 12の都市が海賊の侵入にそなえるために、連盟を形成していた。
しかし、マケドニアに支配されていた時期に解体された。
(The Encyclopedia Britannica)


アカデミアAkademeia
BC387年、プラトンがアテネの北西郊外に開設した学園。
ここでは実用的な知識ではなく、哲学者や政治家になるための原理的な知識を教えた。
これと並んでアリストテレスが創設したリュケイオン(Lykeion)が著名である。
(The Encyclopedia Britannica)


アガメムノンAgamemnon
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ミュケナイ王アトレウス(Atreus)とアエロペ(Aerope クレタ王カトレウス Katreus の娘)の子。

父アトレウスは、叔父テュエステス(Thyestes)に殺されて王位を奪われた。
アガメムノンは、弟のメネラオスと共に乳母に連れられて、シキュオン(Sikyon)のポリュフェイデス(Polypheides)のところに逃れた。
その後、ポリュフェイデスから更にカリュドン王オイネウス(Oineus)のもとに送られる。

やがて、テュエステスを追放したスパルタ王テュンダレオス(Tyndareos)に助けられて帰国。
アガメムノンは、テュンダレオスの娘クリュタイムネストラの夫タンタロス3(Tantalos)を殺して彼女を娶った。
クリュタイムネストラとの間に、オレステス(Orestes)、イフィゲネイア(Iphigeneia)、クリュソテミス(Khrysothemis)、
エレクトラ(Electra)をもうけた。

ヘレネがパリス(Paris トロイ王子)にさらわれた際、かつてテュンダレオスが彼女の婚約者たちにさせた誓言をもとにギリシア軍を招集。
トロイ戦争ではギリシア軍の総指揮官としてミュケナイ勢100隻を率いた。( → ヘレネ)

戦争時の一度目の航海では、小アジアのミュシア(Mysia)をトロイと勘違いして攻撃したために多くの犠牲者を出した。
また暴風雨にあって軍勢は散り散りとなって帰国。

ニ回目の出征においては艦隊が無風のためアウリスで立ち往生した。
予言者カルカス(Kalchas)の神託によれば、娘をアルテミスへの生け贄とせねばならないと告げられる。
アガメムノンはかつて、アルテミス(Artemis オリュンポス神)の狩りの腕を侮辱し、女神を怒らせていたためであった。

そこで、オデュッセウスとディオメデス(Diomedes)をミュケナイに派遣し、娘イフィゲネイアを人身御供とする。
トロイ陥落のとき、褒賞として得たカッサンドラ(トロイ王女)をミュケナイに連れ帰るが、アイギストス(Aigisthos)と通じた妻クリュタイムネストラに裏切られて殺された。

(アイスキュロス Aischylos 『アガメムノン Agamemnon』)
(エウリピデス Euripides 『アウリスのイフィゲネイア Iphigeneia he en Aulidi 』)
(アポロドロス 第三巻 2-2,E2-15,3-6,3-12,3-16,3-21-22,5-23,6-23-25)
(イリアス 第一歌 24,172)
(オデュッセイア 第一歌 28-31 第三歌 266)

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アキレウスAchilleus/アキレス(Achilles)
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ペレウス(Peleus アイギナ王アイアコスの子)とテティス(Thetis ネレイス Nereis 海のニンフ)の子。
もとの名はリギュロン(Ligyron)。

幼い頃、不死となるため、母によって火中に投げ込まれたり、冥界の河ステュクス(Styx)に浸されたりした。
それを夫に見とがめられたテティスは家出。

父によりケンタウロス族のケイロン(Cheiron)に預けられ、動物の臓腑や髄で育てられた。
そのため、母の乳房に口をつけたことがなかった。
ゆえに、「唇」を意味する「cheilos」に、否定の接頭辞 a- をつけて「アキレウス」と名づけられた。

九歳のときトロイ戦争が起こった。
予言者カルカスの神託によれば、アキレウスなしではトロイを攻略することができないという。
そのため、戦死することを予知した母テティスによって女装させられ、スキュロス王 Skyros リュコメデス(Lykomedes)に預けられた。

しかし、オデュッセウスに見破られ、ミュルミドン勢50隻を率いてトロイに赴く。
トロイ上陸時にはキュクノス(Kyknos ポセイドンの子)やメストル3(Mestor トロイ王プリアモスの子)を殺し、100の町を攻略。

しかし、女のことでアガメムノンと対立してしばらく蟄居する。
親友パトロクロスが討たれたことをきっかけに、テティスを通じて贈られたヘファイストスの武具に身を固め、一騎打ちの末、ヘクトルを討つ。

だがスカイア門(Skaiai トロイ城門)のそばでパリス(Paris トロイ王子)とアポロン(Apollon オリュンポス神)に、急所の踵を射られて戦死。
死後はエリュシオン(Elysion 至福の人々の島)でメディア(Medeia コルキス王 Kolchis アイエテス Aietes の娘)と共に暮らしているといわれる。

(アポロドロス 第三巻 13-6,13-8,E3-14,E4-1,E4-7,E5-5)
(イリアス 第一歌 1-311, 第22歌 5-354)

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アキレウスと亀Achillues and the Tortoise
俊足に定評のある英雄アキレウスが、のろまな亀を追いかける事になった。

さて、アキレウスが亀に追いつくためにはまずアキレウスが亀の出発点まで到達しなければならない。
しかし、アキレウスが亀の出発点に着いた時には亀はもっと先の地点にいる。

そしてアキレウスがその亀のいた地点に到達した時には、亀はまた先に進んでさらに先の地点にいる。

従ってアキレウスはどれだけ速く走っても亀には永久に追いつけない。
すなわち、亀はどれだけ遅くても休まずに進み続ける事で永久に追いつかれないのである。
不思議の国の論理学(ルイス・キャロル)


アクタイオスAktaios
初代アテネ王。後にアクタイオスが死ぬと、ケクロプス(Kekrops)が王の娘アグラウロス(Aglauros)と結婚し、アテネの第二代王となった。
(パウサニアス 第一巻 2-6)


アクタイオンAktaion
アポロンの息子アリスタイオス(Aristaios)とテバイ王カドモス(Kadmos)の娘アウトノエの(Autonoe)の子。
ケンタウロスのケイロンに養育され、狩りの名手となった。
あるときキタイロン(Kithairon)の山中で、狩りの疲れを癒やそうとして泉に近づいた。
そこで沐浴していたアルテミス女神の裸身を見てしまい、その罰に鹿に姿を変えられ、自分の連れていた 50頭の猟犬に食い殺された。
(アポロドロス 第三巻 4-4)


アグディスティスAgdistis
両性の神。
ゼウスが夢で精液を地上に落とし、そこから男女両性のアグディスティスが生まれた。
神々がその男根を切り、そこから流れた血から巴旦杏(ハタンキョウ)ができた。
サンガリオス(Sangarios)河神の娘ナナ(Nana ナイアス Naias 水のニンフ)がその実を食べて産んだ子がアッティス(Attis)である。
アグディスティスはアッティスを愛したが、彼が他の女と結婚しようとしたことに怒って彼の頭を狂わせた。
そのため、アッティスは自らを去勢して死んだ。(→ キュベレ)
(パウサニアス Pausanias 『ギリシア案内記 Periegesistes Hellados』7-17-9)


アグニAgni/火天
インドのヴェーダ(Veda)神話に伝わる火の神。
3つの頭と炎の頭髪、黄金の顎と歯、そして7枚の舌をもつといわれる。
彼は天上においては太陽として輝き、空中においては電光としてひらめき、地界においては祭火として燃えるといわれる。

アグニは稲妻、家庭の火、儀式で使う火など、あらゆる火を象徴しており、これらはすべて彼の姿の現れとみなされる。
アグニは儀式の火となって人間からのメッセージを神々に運ぶ。
彼の煙はいけにえがおこなわれた場所を示し、火葬用の薪の山に点される火は天国に魂を運ぶ。

アグニはプリティヴィー(Prithivi 母なる大地)とディヤウス(dyaus 父なる空)の息子で、3度生まれたといわれる。
最初は太陽が海上に昇るように水から生まれ、次に稲妻のように空気から生まれ、最後に点された火の姿で地上に生まれた。
彼はあまりに空腹だったので両親を食べ、それから舌を伸ばして祭壇に備えられたギー(Ghee 澄ましバター)をなめた。
Myths&Legends(Philip Wilkinson)


アグリジェントAgrigento
イタリア南西部、シチリア島南西海岸付近の古い都市。シチリア州アグリジェント県の県都。
ギリシア語ではアクラガス(Acragas)。古くはジルジェンティ(Girgenti)と呼ばれ、1927年に現在の名称になった。
ドーリア式(Doric order)ヘラ神殿など古代ギリシア・ローマの遺跡で有名。
(The Encyclopedia Britannica)


アグリッパ  →  コルネリウス・アグリッパ


アクロポリスAkropolis
ポリスの中核として市民結合の中心をなした丘。高い都市の意。
丘の周囲は城壁で囲まれ、その中は多くはヒエロン(Hieron 聖域)として、神殿や公共建築物が設置されている。
ここでは、市政にかかわる重要な祭儀が行なわれ、危急の際の庇護所ともなった。
アテネのアクロポリスは、東西270m、南北156m、高さ150mの岩の丘の上にある。
アテネの守護神アテナをまつるパルテノン神殿を中心に、西側に入口となるプロピュライア城門(Propylaia)、内域にはエレクテイオン神殿(Erechtheion)。
その他いくつかの小神殿と付属建築物が配置されている。
(The Encyclopedia Britannica)


アケメネス朝ペルシアAchaemenid Empire
BC550〜BC330年。キュロス2世(Kuros U)の開いた古代西アジアのペルシア系王朝。
最盛期はダレイオス1世(Darius the Great)時代で、パンジャブからトラキア(Thracia バルカン半島東南部)に至る地域を領有。
BC330年アレクサンドロス3世(大王 Alexander the Great)により征服され滅亡した。
(The Encyclopedia Britannica)


アゲラオスAgelaos
トロイ王プリアモスの召使い。王に命ぜられ、パリスをイデ山2に捨てた。
(アポロドロス 第三巻 12-5)


アケロンAcheron
冥界の河の名で、死者は冥界に行きつくために、渡し守カロン(Charon)の操る渡し舟に乗ってこの河を渡らなければならないという。
(Dictionary of Greek and Roman Biography and Mythology by William Smith)


アケロンの門Door of Acheron
ケルベロス(Kerberos 冥界の番犬)が守る黄泉の国の門。ハデスの門。
(アポロドロス 第ニ巻 5-12)


アゴラagora
古代ギリシアでアクロポリスのふもとにあった公共の広場。
アクロポリスが神事・軍事の場となるのに対し、政治・裁判はここで行われ、また社交・取引・学問的討論の場として、市民生活の中心であった。
(The Encyclopedia Britannica)


アーサー王King Arthur
5世紀後半から6世紀初めのブリトン人(Ancient Britons)の伝説的な王。
ブリタニア(Britannia)王ユーサー・ベンドラゴン(Uther Pendragon)は、魔術師マーリン(Merlin)の力を借りてコーンウォール公(Duke of Cornwall)の
夫人イグレーヌ(Igraine)を奪い、一人の男の子を産ませた。この不義の子がアーサーである。

アーサーは父の死後、ブリテン島(Britain)の正当な統治者の象徴とされる石に刺さった剣を引き抜き、わずか15歳でその所領を引き継ぐ。
そして、キャメロット(Camelot)に王城を構えると、臣下と平等の立場で語らうことが出来る円卓を置き、各地の英雄を集めた。

俗にエクスカリバー(Excalibur)と呼ばれる剣は、この円卓の騎士の中のペリノア(King Pellinore)と戦った際に折れた王権の剣に代わりに、
湖の乙女(Lady of the Lake)から与えられたものである。
アーサーと円卓の騎士は、巨人や悪党、そしてブリテンの所領を侵す敵対勢力と戦い大いに勇名を馳せた。
その所領は、ブリテン島はおろかアイルランド、アイスランド、ノルウェー、フランスまで広まっていたという

しかし、聖杯探索による多くの損害、王妃ギネヴィア(Guinevere)と円卓の騎士の一人ランスロット(Lancelot)の不倫関係によって、輝かしい騎士団の結束は崩壊してゆく。
アーサーと異母姉のモルガン(Morgan)との間に生まれた私生児モドレッド(Mordred)は、これを好機と考え王権を奪うべく父アーサーに反旗を翻した。
アーサーは彼を討ち取るために、わずかに残った騎士たちと共に戦いを繰り広げる。

カムランの戦い(Battle of Camlann)で、アーサーはモルドレッドを討ち果たすが、自身もまた深手を負う。
そして、腹心の騎士ベディヴィア(Bedivere)に背負われて西に向かう。

ふたりが湖の水辺に到着すると、岸の近くに一隻の小船が浮かんでいた。
中には黒い頭巾を被った9人の貴婦人が彼を待ち受けていた。

貴婦人たちは王を受け取ると、彼の傷を癒すためにアヴァロン(Avalon)の島へと向かう。
伝説では、アーサー王は今なお回復の途上にあり、いつの日か再び現れブリテンを支配するとされている。
The death of Arthur(Thomas Malory)
Legends of King Arthur and the Knights of the Round Table (Thomas Bulfinch)


アシュタルテ → イシュタル


アスガルドAsgard
世界を構成する九つの国のひとつで、世界の最上方にあり、アース神族(Aesir)が居住する。
Teutonic Myth&Legend (Donald A. Mackenzie)


アース神族Aesir
北欧神話の中心となる神族。
天上の国アスガルド(Asgard)に住む。その最高指導者は主神オーディン(Odin)。
Teutonic Myth&Legend (Donald A. Mackenzie)


アスクレピオスAsklepios
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医術の神。
アポロンとテッサリアの王プレギュアス(Phlegyas)の娘コロニス(Koronis)の間に生れた。
コロニスはアポロンに愛され、妊娠していたにもかかわらず、イスキュス(Ischys)という人間の男と通じたため、怒ったアポロンは彼女を射殺した。
しかしコロニスの遺体が火葬される直前に、彼はその胎内から赤子を取出し、ケンタウロスのケイロンにその養育を委託した。

ケイロンから医術を教えられたアスクレピオスは死人まで生返らせてしまうほどの名医となったが、その結果死者の国の支配者ハデスの怒りを買ってしまった。
ハデスの訴えを聞き入れた大神ゼウスは、やむなく雷の一撃で、アスクレピオスを殺してしまう。
しかしゼウスは彼の才能を惜しんで、その姿を星座(へびつかい座)に残した。

その後、彼は復活させられてオリュンポスの神々の仲間入りを許され、医神として人々の尊崇を受けた。
エピダウロス(Epidauros ペロポネソス半島東部の港湾都市)にあった彼の神殿はギリシアにおける最も重要な聖地の一つとなった。
アスクレピオスの持っていたへびの巻きついた杖(Rod of Asklepios)は、のちに医学のシンボルになった。
また彼の娘ヒュギエイア(Hygieia)は健康の守護神であったことから衛生学(hygiene)の語源となった。
(Encyclopedia of Ancient History)(アポロドロス 第三巻 10-3)

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アステリアAsteria
コイオス(Koios ティタン神族)とフォイベ(Phoibe ティタン神族)の娘。
レト(Leto ティタン神族) の姉妹。
ペルセス(Perses ティタン神族)に嫁し、女神ヘカテ(Hekate)を生む。
ゼウスに言い寄られたが、ゼウスと交わることを厭い、身を海に投じ、鶉島(うずらじま)となった。
のち、この島でレトがアポロンとアルテミスを生み、デロス(Delos)と名付けられた。
(アポロドロス 第一巻 2-2,2-4,4-1)


アステルAster
「星辰」の神。 アストライオス(Astraios ティタン神族)と女神エオス(Eos)の子。


アステュアナクスAstyanax
トロイ王プリアモスの長子ヘクトルとその妻アンドロマケ(Andromach)の間に生れた一人息子。
本名をスカマンドリオス(Skamandrios)といったが、トロイの市民たちはこの子を将来の王に見立てて、「市の君主」を意味するこの名で呼んだ。
『イリアス』のなかでヘクトルが、アンドロマケとまだ彼女の腕に抱かれ無心に遊ぶ赤子のアステュアナクスとに最後の別れを告げる場面は有名である。
(イリアス 第六歌 390-502)
トロイ落城後彼は、オデュッセウスの厳命により、市の城壁から投落されて殺された。


アストライオスAstraios
ティタン神族。クレイオス(Kreios ティタン神族)と海神ポントス(Pontos)の娘エウリュビア(Eurybia)の子。
曙(あけぼの)の女神エオス(Eos)との間に、エウロス(Euros 東風)、ノトス(Notos 南風)、ボレアス(Boreas 北風)、
ゼフュロス(Zephyros 西風)、アステル(Aster 星辰)、ヘオスフォロス(Heosphoros 暁の明星)をもうけた。
(ヘシオドス 376,378)


アソポスAsopos
シキュオン(Sikyon)の河の神。オケアノスとテテュスの子。
ラドン河神(Ladon)の娘、メトペ(Metope ナイアス Naias 水のニンフ)を妻とし、イスメノス(Ismenos)とペラゴン(Pelagon)の二子と、
アイギナ(Aigina)、コルキューラ(Korkyra)、エウボイア(Euboia)、エウアドネ(Euadne)、サラミス3(Salamis)、ペイレーネ(Peirene)、
テーベ2 ら二十人の娘をもうけた。
(アポロドロス 第三巻 12-6)


アタマスAthamas
テバイ王。
テッサリア王アイオロス2とエナレテ(Enarete ピュロス王 Pylos ネレウス Neleus の息子デイマコス Deimachos の娘)の子。
ネフェレ(Nephele 雲の精)と結婚し、息子フリクソス(Phrixos)と娘ヘレ(Helle)を得た。
その後ネフェレを離別し、カドモスの娘イノ(Ino)と結婚した。
このイノが先妻の子たちを憎み、殺そうとはかった。
しかし、ニ人はネフェレの祈りによって与えられた空を飛ぶ金毛の羊によって救われ、これが金毛羊皮を得るためのアルゴ船の遠征の発端をなす事件となった。
( → おひつじ座の伝説)(アポロドロス 第一巻 9-1)


アダマスAdamas
クロノスの大鎌。ガイア製。
この世で最も硬い金属とされるアダマス製で、凄まじい切れ味を誇るという。
ガイアが夫ウラノスを去勢するために作り、クロノスに与えたもので、彼の失脚後はゼウスが所有している。
(Hesiod's Theogony by Richard S. Caldwel)


アダムAdam
「創世記」において神が創った最初の人間(Adam)。

「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった」(創世記 第2章7節)

ヘブライ語の「息」「風」を意味する「ルアハ(Ruagh)」という言葉は「霊」という意味をも併せ持っている。
「神の霊が水のおもてを覆っていた(創世記1:2)」による「神の霊」も、この「ルアハ」という言葉が使われているのである。

神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。
神の霊(Ruagh)が内に宿り、人は生ける者となった。


アタランテAtalante
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アルカディア王イアソス(Iasos)とクリュメネ2の娘。
生後すぐに山中に捨てられたが、雌ぐまの乳を与えられているところを狩人たちに発見されて育てられ、無類の駿足をもつ狩りの名手となった。

狩猟の女神アルテミスの熱烈な崇拝者であったアタランテは、この女神と同様いつまでも処女でいたいと願い、求婚者には自分と駆け比べをした。
もし負ければ首を切るという試練を課したので、大勢の若者がこの競走に敗れて命をなくした。

しかし最後にヒッポメネス (Hippomenes ボイオティア Boiotia のメガレウス Megareus の子) がアフロディテから授けられた黄金のりんごを持って彼女に挑戦し、
アタランテに追越されそうになるたびにりんごを投げて彼女にそれを拾わせ、ついに競走に勝ったので、彼女は妻になることを承知し、
彼の種によりパルテノパイオス(Parthenopaios)を生んだ。

だがあるときこの夫婦は、キュベレ女神の聖域で愛の行為にふけったために神罰を受け、ライオンに変えられてしまったという。

(オウィディウス Ovidius『変形譚 Metamorphoses』巻十)
(The Encyclopedia Britannica)
(Dictionary of Greek and Roman Biography and Mythology by William Smith)

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アッカド人Akkadian
アッカド人はセム語(Semitic languages)に属する民族で、メソポタミア全域を最初に統一した領域国家を建設した。
アッカドはメソポタミア南部の中の北よりの地域名で、現在のイラクの中部に当たる。

彼らは次第に南部のシュメール人(Sumerian)と抗争するようになり、前2300年頃、サルゴン1世(Sargon I)がメソポタミア南部を支配し、
アッカド王朝(前2334−2154年)を成立させた。
サルゴン1世は交易路を抑え、メソポタミア全域におよぶ中央集権的な領土国家の最初の支配者となった。
アッカド王朝は11代、約180年続いた後に滅亡した。

その後、メソポタミアはふたたびシュメール人が独立し、ウル(Ur)を拠点にウル第3王朝が出現する。
アッカド時代の遺品としては、スサ(Susa)で発見された「ナラム・シン王(Naram sin)の石碑」(ルーブル博物館蔵)が有名。 
世界史の窓(www.y-history.net/appendix/wh0101-013.html)


アッティカAttica
中部ギリシアの半島の古代地名。現アッティキ(Attiki)。都市国家アテネの領域。
南東はエーゲ海に、南はサロニコス湾(Saronikos)に、東は海をへだててエウボイア(Euboia)に、西はアルゴリス(Argolis)に、
北はキタイロン山(Kithairon)をへだててボイオティア(Boiotia)に接した。
アッティカの平野は穀物よりもオリーブ、ブドウ栽培に適し、特にオリーブ油はアテネの主要輸出品であった。
南部ラウリオン(Laurion)産出の銀はアテネ繁栄の一因となった。
また、アッティカの土壌の質は陶器製造に適し、ペンテリコン山(Pentelikon)では良質の大理石が得られた。
(The Encyclopedia Britannica)


アッティカ悲劇Attica Tragedy
ギリシア悲劇。アテネを中心にアッティカ地方で発達した。
前 534年、イカリア(Icaria)のテスピス(Thespis)が、アテネのディオニュソスの祭礼で、初めて上演したと伝えられる。
その後、前五世紀に三大悲劇詩人アイスキュロス、ソフォクレス(Sophokles)、エウリピデス(Euripides)が現れて活躍した。
悲劇の題材は神話から取り、トロイ伝説、テバイ伝説、アルゴス伝説がよく用いられた。
ときにはアイスキュロスの『ペルシア人』のように同時代史に取材することもあった。
劇は俳優と合唱隊 (コロス Choros) によって演じられ、俳優は初め一人だったがアイスキュロスがニ人に、ソフォクレスが三人にふやした。
合唱隊も初めの 12人から 15人に増員。
合唱隊の登場「パロドス」(parodos)によって劇は始り、会話部「エペイソディオン」(epeisodion)と
合唱部「スタシモン」(stasimon)の繰返しによって進行、ときには俳優と合唱隊が交互に歌い (アモイバイオン amoibaion)、
またときには俳優がアリアを独唱して、最後の場面「エクソドス」(exodos)によって終る。
(The Encyclopedia Britannica)


アッティスAttis
フリュギア(Phrygia)の女神キュベレ(Kybele アグディスティス)の愛人の男神。
絶世の美男で、キュベレに愛されたにもかかわらず、女神を裏切り、人間の王女と結婚しようとしたためキュベレの怒りを買った。
結果、結婚式の最中に出現した女神の姿を見て発狂し、松の木の下で自分の男根を切落して死んだ。
このアッティスにならい、キュベレに奉仕する祭司 (→コリュバンテス ) たちは、去勢するならわしがあった。
(パウサニアス Pausanias 『ギリシア案内記 Periegesistes Hellados』7-17-9)


アテAte
「争いの女神」エリス(Eris)の子で、「迷妄・破滅」の神。


アテネAthens
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ギリシアの政治、経済、文化の中心地。名称は守護神「アテナ Athena」にちなむ。

市内は、南東をヒュメトス山(Hymettus 1027m)、北東をペンテリコン山(Pentelikon 1109m)に囲まれ、
南西部をサロニコス湾(Saronikos)に向かって開くアテネ平野のほぼ中央に位置している。

市の中心にけわしい石灰岩の岩山アクロポリス(Acropolis 156m)が、また北東部には同じく
急峻なリュカベトス山(Lycabettus 277m)がそびえて、この町の景観に著しい特徴を与えている。

アクロポリスは、城壁で囲まれた細長い丘(東西約300m、南北約150m)に神殿が設置されている。
ここでは、市政にかかわる重要な祭儀が行なわれ、また危急の際の避難所ともなった。

アクロポリスのふもとには、アゴラ(Agora)とよばれる公共広場がある。

アゴラの周囲には、ブレウテリオン(Bouleuterion 評議会場)、トロス(Tholos 円堂、評議員詰所)、
ヘリアイア(Heliaia 裁判所)、ストア(stoa 集会場)など、政治的に重要な種々の建物が立っていた。
市民はここで政治、学芸を語りあい、また裁判や交易などもここで行われた。


BC449年、アテネは、ペルシア戦争に勝利してギリシアの指導的ポリスとなり、
デロス同盟(BC478 Delian League)の盟主としてペリクレス(Pericles BC490〜BC429)のもとで最盛期を迎え、
古典文化の中心地としてソクラテス、プラトンなど数多くの哲学者、芸術家が輩出。

ペロポネソス戦争(Peloponnesian War BC431〜BC404)でスパルタに敗れてからしだいに衰え、
BC338年カイロネイアの戦い(Battle of Chaeronea)でフィリッポス2世(Philip II of Macedon BC382〜BC336)に敗れ、
マケドニア(Macedonia)の支配下に入った。
のち共和制ローマ領(BC146)、東ローマ帝国領(395年)などを経て、1460年オスマン帝国(Ottoman Empire)に占領された。

(パウサニアス 第一巻 2-5)(The Encyclopedia Britannica)
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アテナAthena/ミネルヴァ(Minerva) 智恵の女神。
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ゼウスとメティス(Metis オケアニド Oceanid 海のニンフ)の娘。枕詞は『眼光輝く女神』。
メティスを最初の妻にしたゼウスは、彼女からやがて生れる男の子に自分の王位を簒奪される運命にあると知った。

そのため、すでにアテナを妊娠していたメティスを腹に飲み込んでしまった。
しばらくして、頭に陣痛を感じたのでヘファイストスに命じ、斧で頭のてっぺんを割らせた。

するとその割れ目から、武装した姿で飛出したのがアテナであった。
これによって彼女は戦いの女神であると同時に、智恵および技術万般を管掌することになった。

戦いと知恵の女神アテナは、勝利の女神ニケ(Nike)を従え、多くの英雄の戦いを助けた。
メドゥーサを退治したペルセウスや、ヘラの迫害にあっていたヘラクレスなど、彼女に助けられた英雄は数多い。

また、海の神ポセイドンと戦って勝利し、アッティカ地方(Attica)の守護神となった。
その後、アテナは造船術や馬を飼い馴らすためのくつわなどを発明し、人間にその技術を伝えた。

機織りやろくろを発明したのもアテナであり、彼女の名は都市「アテネ」の起源となった。

アテナは、純潔を貫いた処女神だったが、アテネ王家の母神とも見なされた。

ある日、アテナはヘファイストスに襲われそうになった。
ヘファイストスをはねのけたアテナだったが、その際にヘファイストスの精液がアテナの足に垂れてしまう。

怒ったアテナは、それを羊毛でふき取り地面に投げつけた。

すると大地が身ごもり、古代のアテネ王エリクトニオス(Erichthonios)が生まれたのである。
(The Encyclopedia Mythica)

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アドニスAdonis
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キュプロス王(Cyprus)キニュラス(Kinyras)とその娘ミュラ(Myrrha)との不倫の交わりにより、生じた美少年。


アドニス


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アトラスAtlas
「非常に忍耐強い」の意。
1 イアペトス(Iapetos ティタン神族)とクリュメネ(Klymene オケアニド Oceanid 海のニンフ)の子。
(アポロドロスによれば、イアペトスとアシア Asia オケアニド Oceanid 海のニンフ の子)
カリュプソ(Kalypso)、マイア(Maia)、メロペ2(Merope)の父。
ティタノマキア(Titanomachia ティタン十年戦争)に敗れたあと、ゼウスによって、世界の西の果てで天を背負う役目を負わされた。
後にヘラクレスがアトラスを頼ってきた時に、彼の変わりにヘスペリス(Hesperis)に黄金のリンゴを取りにいった。
その間、ヘラクレスが天を支えていた。
しかし、戻ってきたアトラスは再び天を支えるのがいやで、自分がティリュンス王 Tiryns エウリュステウス(Eurystheus)のもとにリンゴをとどけるといった。
しかし、結局騙されてもとのように天を支えることになった。
後に、ペルセウスが訪れた時、彼に頼んで、メドゥーサの首を見せてもらい、石になった。
やがてそこがアトラス山脈となったという。
(ヘシオドス 509,517,746)(アポロドロス 第ニ巻 5-11)

2 ポセイドンとアトランティス大陸の原住民の娘クレイト(Kleito)の子。アトランティスの王。
(プラトン Platon 対話篇 『ティマイオス Timaeus』『クリティアス Critias』)


アドラストスAdrastos
1 テバイを攻めた七将のうちアルゴス軍の総大将。
アルゴス王タラオス(Talaos)とリュシマケ(Lysimache アルゴス王アバス Abas の娘)の子。
アルゴス王であった彼は、テバイから亡命してきたオイディプス(Oidipus)の子ポリュネイケス(Polyneikes)を娘のアルゲイア(Argeia)の婿に迎えた。
そして、ポリュネイケスが兄弟のエテオクレス(Eteokles)の手から王位を取戻すのを助けるため、テバイ攻めの遠征を起した。
しかし結果は無残な失敗に終り、ポリュネイケスをはじめ六人の大将が討死にをとげた。
ただアドラストスだけが駿足の神馬アレイオン(Areion)のおかげで、かろうじて逃げ帰ることができた。
十年後にアドラストスは、エピゴノイ(Epigonoi)と呼ばれる七将の息子たちによって企てられた遠征に参加した。
今度はアルゴス勢の大勝利で終ったが、エピゴノイたちのうち、ただ彼自身の息子アイギアレウス(Aigialeus)だけが戦死した。
そのため、アドラストスは、帰国の途中で傷心のあまり死んだという。(→ テバイ攻めの七将)

2 小アジアのミシュア王(Mysia)。エウリュディケ3(Eurydike トロイ王イロス Ilos の妻)の父。


アトランティス Atlantis
古代ギリシアの哲人プラトン(Platon)が,対話篇「ティマイオス Timaeus」と「クリティアス Critias」の中で記した伝説的な大陸(島)。
プラトンによれば、賢人ソロン(Solon)がエジプトの神官から伝聞した話としている。
この大陸は今から3500年前にヘラクレスの柱(ジブラルタル海峡)の彼方に存在し、海神ポセイドンの長男アトラスを王として高度な文明を誇っていたが、天変地異によって海中に没したという。
この理想郷によってプラトンは自らの政治理念をで体現しようとしたのではないかと考えられている。
しかしこの伝説の元になった地質学的事件は実在すると考える者もおり、文字通り大西洋上に存在した説からエーゲ海に浮かぶサントリーニ島(Santorini)とする説に至るまで諸説存在する。
なお、「アトランティス」とは「アトラスの娘たち」という意味である。


アトレウスAtreus
ペロプス(Pelops シピュロス王 Sipylos タンタロス Tantalos の子)とヒッポダメイア(Hippodameia ピサ王 Pisa オイノマオス Oinomaos の娘)の子。
アガメムノン、メネラオス、アナクシビア(Anaxibia)の父。
妻アエロペ(Aerope)と密通していた弟のテュエステス(Thyests)に黄金の羊の皮を盗まれたため、いったんは弟にミュケナイ王位につくことが決められてしまう。
しかし、ゼウスに派遣されたヘルメスの進言により、太陽が逆に沈んだら、アトレウスが王になることを弟に提案する。
ゼウスの力により太陽が東に沈んだことで王位につき、妻と姦通した弟テュエステスを、弟の子供たちを煮て食わせた後で追放する。
のちに、テュエステスとその実の娘ペロペイア(Pelopeia)との子アイギストスに殺された。( → アトレウス家の伝説)


アトレウス家の伝説The Legend of the House of Atreus
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アトレウス家は、タンタロス(Tantalos)を始祖とし、ミュケナイを地盤に勢力を拡大した有力な家系である。
しかし、肉親間での謀殺、姦通といったむざんな犯罪が繰り返し演じられる運命を担わされた。

この一族を見舞ったできごとは、古代においてアイスキュロス、ソフォクレスなど多くの悲劇作家の題材として取り上げられた。 


アトレウス家の伝説



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アトレウスの宝庫Treasury of Atreus
またはアガメムノンの墓(Tomb of Agamemnon)
ギリシア南部、ミュケナイ城外にある蜂窩状墳墓で、紀元前1250年ごろに建設されたとされる。
入り口の上にあるまぐさ石は120トンの重量がある。
墓として使われていた期間は不明。
(The Encyclopedia Britannica)


アトロポスAtropos
運命の三女神モイラ(Moira)の一人。「糸を断つ者」の意。


アトンAton/アテン(Aten)
エジプト神話の太陽神。アトンという名は太陽の円盤を意味する。
エジプト第18王朝のアメンホテプ4世(Amenhotep IV)は世界最古の宗教改革者として従来のアモン(Amon)信仰を捨て、アトン宗教のみを公式の宗教として認めた。

王はみずからアメンホテプ (アモンは満足する) の名をイクナートン (Ikhnaton アトンの栄光) に改名し、テーベを捨て、
中部エジプトのアケトアテン (Achetaten アトンの地平線) 、現在のテルエル・アマルナ(Tell el-Amarna)に新都を建設した。

しかし、このアトン信仰は王の死後まもなく衰えた。
アトンの姿は、太陽から無数の腕が伸びている巨大な日輪で表現され、エジプトの光輝、万物の創造と生育、四季の交替、王者の権威を与えるといわれた。
(The Encyclopedia Britannica)


アヌAnu/アン(An)
アッシリア(Assyria)およびバビロニア(Babylonia)の天空神。
空の神アンシャル(Anshar)と地の神キシャル(Kishar)から生れた。
「アヌの空」と呼ばれる最高のところに住み、配偶者である女神アントゥ(Antu)に助けられて、宇宙を司った。
「神々の王」「天の王」「国々の王」などの称号をもち、権力と正義、つまり至上権のすべての表徴をそなえている。
水神エア(Ea)、大気神エンリル(Enlil)とともに三体一座を構成。
アヌ崇拝は古く前2千年紀の碑文にもみられ、メソポタミア(Mesopotamia)の諸都市で広く信仰されたが、シュメール地方(Sumer)ではウルク(Uruk)、
アッカド地方(Akkad)ではデール(Der)が崇拝の中心地であった。
(The Encyclopedia Britannica)


アヌビスAnubis
古代エジプトの神。死者の守護神。
太陽神ラー(Ra)の4番目の子とされるが、後代になるとオシリス(Osiris)とネフテュス (Nephthys) の子とされる。
彼岸の世界への門を開き、死者をオシリス神(Osiris)の裁きの間に導く役目をもつ。
そのため、ギリシア、ローマ時代には、冥府に死者を導くヘルメスと同一視され、ヘルマヌビス(Hermanubis)の名を与えられた。

アヌビスは死者の魂を裁くオシリスの法廷において、魂をはかる天秤を手にする姿で描かれる。
またミイラ作りの神とされ、死んだオシリスの遺体を、包帯に包んで形をととのえ、ミイラにしたという。
これがエジプト最初のミイラとなり、それ以降、葬儀を司る神とされ、人々はオシリスにあやかって「死んだらミイラ」にしてもらうことになった。
黒いジャッカルや犬は、アヌビスの聖獣。
(The Encyclopedia Britannica)


アピスApis
アルゴス王イナコス河神(Inachos)の子フォロネウス(Phoroneus)と、ニンフのテレディケ(Teledike)の子。
父のあとを継いでペロポネソス全土を支配し、この地は彼の名からアピア(Apia)とも呼ばれるようになった。
しかし、暴君であったため、後にアイトロスによって倒された。
(アポロドロス 第一巻 7-6, 第ニ巻 1-1)


アピスApis
古代エジプトの牛神。多産豊穣の神として全エジプト、特にメンフィスで厚く崇拝された。
後に、オシリス神と結合してセラピス神(Serapis)と呼ばれた。
プトレマイオス1世(Ptolemy I Soter 在位BC305〜BC282)は自分の王朝の始りを特徴づけるため、セラピス神崇拝を推し進め、
首都アレクサンドリアに信仰の中心地を定め、国家神とした。
これが君主崇拝に発展し、プトレマイオス2世以降、王は神と同一とされ、死後は救済神として祀られた。
(The Encyclopedia Britannica)


アブシンベル神殿Abu Simbel
古代エジプトの岩窟神殿。ラムセス2世(RamsesII)の造営でハトホル女神(Hathor)をまつる。
二つの神殿からなり、神殿は正面高さ3m、幅38m、奥行63m。入口に高さ22mの4体のラムセス2世像がある。
(The Encyclopedia Britannica)


アプスApsu
古代メソポタミア神話の神。
地上のすべての水の源をなす淡水を神格化した存在で、海水を神格化した蛇形の女神ティアマット(Tiamat)と夫婦になり、この両者からすべての神々が生じたとされる。
のちに彼は子孫の神々が騒がしいのに怒って、彼らを滅ぼそうとしたが、逆にエア神(Ea)に殺され、以後エアが水を支配することになったという。
(The Encyclopedia Britannica)


アフラ・マズダAhura Mazdah
ゾロアスター教(Zoroastrianism)の最高神。全ての善の存在を創造したとされる。
ゾロアスター教の神学では、善良な行いで悪と戦えば、アフラ・マズダが浄化した完全な世界の住人になれるという。
また、世界の歴史は、善神スプンタ・マンユ(Spunta Mainyu)と悪神アンラ・マンユ(Angra Mainyu)らとの戦いの歴史そのものであるとされる。
そして、世界の終末の日に最後の審判を下し、善なるものと悪しきものを再び分離するのがアフラ・マズダの役目である。
その意味では、彼は善悪の対立を超越して両者を裁く絶対の存在とも言える。
Alchemical Studies (C. G. Jung)


アフロディテAphrodite /ビーナス(Venus) 愛と美の女神。
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愛と美を司る女神で、美において誇り高く、『パリスの審判』( → パリスの審判)で、最高の美神として選ばれている。

また、戦(いくさ)の女神としての側面も持つ。

ヘシオドスの『神統記』によれば、彼女はクロノスによって切り落とされたウラノスの男性器にまとわりついた泡(アプロス、aphros)から生まれた。
そして、キュプロス島(Cyprus)に上陸して神々の仲間に迎え入れられたとされる。
(ヘシオドス189-203)

キュプロス島には、アフロディテの生誕地とされる海岸「ペトラ・トゥ・ロミゥ」(Petra tou Romiou)がある。

彼女が島に足を踏み入れたとたん、その地には美しい花が咲き乱れ、緑草が茂ったといわれる。

アフロディテを見つけた季節の女神ホーラ(Hora)たちが彼女を飾って服を着せ、オリュンポス山に連れて行った。

オリュンポスの神々は出自の分からない彼女に対し、美しさを称賛して仲間に加え、ゼウスが養女にした。

しかし彼女の性格は、気が強く、ヘラやアテナと器量比べをしてトロイ戦争の発端となった。
またアドニスの養育権をペルセフォネと奪い合ったりするなど、他の女神たちとの折り合いは悪い方である。

結婚相手・愛人を含め関係があったものは多々いるが主なものは、ヘファイストス、アレス、アンキセス(Anchises)、アドニスである。

アレスとの間にフォボス(Phobos)、デイモス(Deimos)、ハルモニア(Harmonia)を、
また人間のアンキセスとの間にアイネイアス(Aineias)とリュロス(Lyros)を産んでいる。

神木はミルト(Myrtus)、薔薇、けし、花梨(かりん)で、使いは鳩、白鳥、ツバメ、および女神の戦車を引く雀である。
アフロディテ神殿遺跡は、キュプロス島南西部パフォス(Paphos)に見られる。
(The Encyclopedia Mythica)

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アポロドロスApollodoros [前180頃]
ギリシャの著作家。
アレクサンドリアからペルガモンを経て、アテネに移った。
『ギリシア神話』(Bibliotheke)の編纂者として知られる。
他の著書は歴史、地理、神論ほか多岐にわたったが、断片のみが現存している。
(The Encyclopedia Britannica)


アポロンApollon/アポロ(Apollo) 太陽神。芸術・弓術・予言・医術の神
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ゼウスとレト(Leto ティタン神族)の子で、アルテミスの双子の弟。
絶世の美男子で、黄金の竪琴を持ち、芸術の守護神とされ、女神ムーサ(Mousa)たちが彼に従っている。

また、アポロンは弓の名人でもあり、人間にはじめて医術を教えた医者でもある。
さらに、フォイボス(Phoibos 輝ける者)とも呼ばれるように光の神でもあり、太陽の神とも見られている。

テッサリア王フレギュアス(Phlegyas)の娘コロニス(Koronis)とのあいだに医術の神アスクレピオス(Asklepios)をもうけた。
ほかに、ニンフや人間の女、あるいは美少年との間に多くの恋愛譚が伝えられる。

しかし、なぜかその大半は悲劇的結末に終っている。
神木は月桂樹と椰子(棕櫚)、聖鳥はカラス。


ゼウスとレトの間に誕生したアポロンは、エーゲ海の中心にある島で、双子の姉アルテミスとともに生まれた。
彼が生まれたとたん、島はまばゆい黄金の光に包まれ、この島はデロス(Delos 明るい)島と呼ばれるようになった。

光とともに誕生したアポロンは、生まれてすぐに「竪琴」と「弓矢」を要求し、自分は「ゼウスの意思を人間に知らせる」と宣言して予言の神となった。

アポロンは、ゼウスから与えられた白鳥の引く車に乗り、当時のギリシア人が大地のヘソに当たると信じていたデルフォイ(Delphoi)という土地に向かう。

そしてそこで番をしていたガイアの息子で凶暴な蛇ピュトン(Python)を倒した。
そしてガイアの神託所を自分のものにして、ゼウスの意思を伝える場所にしたのである。

このときから人間は物事の真実や未来のことをアポロンが伝える神託によって教えられるようになった。

アポロンの性格は、人間の思い上がりを許さず、おごりたかぶる者には、矢を放って容赦なく殺した。
また、大勢の人間を罰する際には、無数の見えない矢で疫病を発生させるなど、残忍な側面を持ち合わせていた。
なお、古代ギリシアでは、男子が急死した場合、アポロンの矢に射られたと表現した。

アポロン神殿遺跡は、ギリシア中部、パルナッソス山麓のデルフォイ、ギリシア南部コリントス、エーゲ海南部デロス島の三か所に見られる。

(The Encyclopedia Mythica)(オデュッセイア 第三歌 278)

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アマゾネスAmazones
ポントス地方(Pontos 黒海付近)の女戦士の部族。
否定を表す接頭辞 a- と「乳房」を意味する mazos が組み合わされた言葉で、彼女たちが弓を扱うのに邪魔にならぬよう右の乳房を切り取っていたことに由来する。
実際には、騎馬遊牧民のペルシャ風装束を女と見誤ったためだといわれる。
(アポロドロス 第ニ巻 5-9)



アマテラス(天照大神 あまてらすおおかみ)/(天照大御神 あまてらすおおみかみ)
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天界の最高神。イザナギ(伊邪那岐)の長女。スサノオ(須佐之男)の姉。
太陽神にして皇室の祖神。伊勢神宮に主神として祀られる。

最高神が女神であることは世界的にも珍しく、しかもその女神が慈悲深い処女母神であることが
日本の最高神のきわめてユニークな特徴となっている。

天の岩戸伝説は、冬至の時期の太陽の死と再生を意味する。冬至の頃には、新嘗祭という
稲の再生の祭りが行われるが、同時に太陽(アマテラス)の再生を願う祭りとなっている。

また、新天皇の誕生の際には、大嘗祭が行われるが、これは、アマテラスの再生と、
天皇の誕生(太陽=天皇)とを重ねあわせた儀礼として伝えられてきたものである。
(古事記、日本書紀)




アマテラスAmaterasu 天の岩戸伝説
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弟スサノオの乱暴狼藉に怒ったアマテラスは、天の岩戸にこもってしまう。

たちまち、空には光がなくなり、闇の中でわざわいが広がった。困った八百万の神々が集まり、どうしたものかと相談を始める。
そこで知恵の神が一計を案じ、まずニワトリを一羽鳴かせた。続いて、アメノウズメという踊りの神が、トントンと拍子をとりながら踊りだす。

ついには、胸をさらけ出し、衣の紐を解いて、陰部までおし下げて踊り狂った。すると、高天原が鳴りひびくように、八百万の神が一斉に笑いだした。
アマテラスは、不思議に思った。「いったい、何が起こっているのか」。岩戸を少し開け、外をのぞいた。と、その瞬間、力自慢の神が、力いっぱい岩戸を開いた。

こうして、空はみるまに明るくなり、平和な世の中に戻ったと伝えられる。

(古事記、日本書紀)

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アマルテイアAmaltheia
赤子のゼウスを養育したとされる山羊のニンフ。(オレアド Oread イデ山 Ide のニンフ)
クロノスから守るためにレア(Rhea ティタン神族)によってクレタ島のイデ山中の岩屋の奥で生み落されたゼウスは、アマルテイアの乳で養われた。
赤子のゼウスは、あるときアマルテイアと遊んでいるうちにあやまってその角を一本折取ってしまった。
このアマルテイアの折れた角は常に黄金の果実に満ちているため「豊穣の角 The horn of plenty」と呼ばれる。
アマルテイアの皮はアマルテイアの死後、ゼウスによって盾の皮とされた。
この盾は「アイギス(Aigis)の盾」、「イージス(Aegis)の盾」と呼ばれ、ゼウス神からアテナ神に与えられた。
アマルテイアは死後、星となり山羊座となった。
(Dictionary of Greek and Roman Biography and Mythology by William Smith)


アムスヴァルトニルAmsvartnir
闇と寒冷の地、ニフルヘイム(Niflheim)にある底の深い湖で、「暗黒の悲嘆の深淵」と呼ばれる。
湖上の島で狼フェンリル(Fenrir)が、魔法を仕掛けた絹のように細い紐で縛られる。
Teutonic Myth&Legend (Donald A. Mackenzie)


アムフィオンAmphion
テバイ王。ゼウスとアンティオペ(テバイ王ニュクテウス Nykteus の娘)の子。
ゼトス(Zethos)の兄弟。
大伯父リュコス(Lykos)に山中に棄てられ、羊飼いに育てられた。
伯父に捕えられていたアンティオペの鎖が、ある夜自然に解け、彼女は子供と再会、兄弟は母の復讐をするべく、リュコスを殺害した。
また、アンティオペの美貌に嫉妬し彼女を虐待したリュコスの妻ディルケ(Dirke)を雄牛の角に縛り付けて引き回させて殺した。
アムフィオンとゼトスの兄弟はテバイの王権を自分のものとした。
アムフィオンはヘルメスより竪琴を授かり、その名手となった。
テバイの城壁を造るとき、彼の楽の音に石がおのずから動いたと伝えられる。
アムフィオンはタンタロスの娘ニオベ(Niobe)を妻とし、多くの子宝に恵まれた。
しかし、ニオベがあるとき、自分は母としてアポロンとアルテミスを生んだレト女神(Leto)にまさると自慢した。
そのため、息子と娘たちの多くが、アポロンとアルテミスの矢に射殺され、彼自身もアポロンに殺されたという。
(アポロドロス 第三巻 5-6)
なお、テバイ(Thebai)の名は、ゼトスの妻テーベ(Thebe)に由来する。

2 アムフィオンとニオベの子。
3 ボイオティアのオルコメノス王。(Orchomenos)


アムフィクテュオン同盟Amphictyonic League (隣保同盟)
同じ神の神殿を祀る古代ギリシア人の宗教連合体で、相互不侵略や神殿聖材の護持を誓い合うなど、政治的意味を持っていた。
最大のものはデルフォイのアポロン神殿。
(The Encyclopedia Britannica)


アムフィトリテAmphitrite
ポセイドンの妻。(ネレイス Nereis 海のニンフ)。
ポセイドンは、ナクソス島(Naxos)で踊っているアムフィトリテを見て、夢中になってしまう。
ポセイドンは、アムフィトリテに求婚するが、その荒々しさに驚いたアムフィトリテは海の底に隠れてしまった。
そこでポセイドンがイルカにアムフィトリテを探させると、一頭のイルカが大西洋の島にアムフィトリテがいるのを発見し、説得してポセイドンのところに連れて行った。
その結果ポセイドンはアムフィトリテと結婚し、この功績によってイルカは天に上げられて『いるか座』になったという。
(ヒュギヌス Hyginus 天文詩 Astronomica 2-17)


アムフィトリュオンAmphitryon
ティリュンス王(Tiryns)アルカイオス(Alkaios)とペロプス(Pelops)の娘アステュダメイア(Astydameia)の子。
エレクトリュオン王(Elektryon)の統治するミュケナイで、ポセイドンの血を引くタポス島(Taphos)の王プテレラオス(Pterelaos)とのあいだに戦争が起こる。
この戦争で、王エレクトリュオンの息子たちはことごとく戦死。
王自身、娘アルクメネ(Alkmene)の婚約者アムフィトリュオンの過失によって死んでしまう。
アムフィトリュオンとアルクメネは、ミュケナイを追われてテバイのクレオン王(Creon)のもとに亡命した。
アルクメネが兄弟の仇であるプテレラオス王を討つまでは結婚しないといったため、アムフィトリオンは、タポス人の島に遠征し苦難の末、復讐を果たした。
しかし、彼が戻る前にアルクメネはゼウスとの間にヘラクレスを身ごもっていた。
事実を知ったアムフィトリオンは、彼女を殺そうとしたが、神の力により果たせず、妻を許したといわれる。
(The Encyclopedia Britannica)
(アポロドロス 第ニ巻 4-5,4-6,4-8,4-11,8-1, 第三巻 1-2)


アムブロシアAmbrosia
1 神々の食べ物。
不老不死の食物で、ネクタル(Nectar)とともに、オリュンポス山にのみある。
神々、女神、英雄が食べ、自分のウマにまで与える。
不思議な効き目があって、どんな傷でもなおす軟膏になり、また死体に塗れば腐らないという。
(The Oxford Classical Dictionary 3rd ed.by Simon Hornblower and Antony Spawforth)

2 ニュシアデス(Nysiades)の一人。ゼウスから赤子のデュオニュソスの養育を委託される。
3 ヒュアデス(Hyades)の一人。ゼウスから赤子のデュオニュソスの養育を委託される。


アメンホテプ3世AmenhotepIII [生没年未詳]
前14世紀エジプト第18王朝の王。(在位前1417−前1379)。
トトメス3世(ThutmoseV)以来続いたエジプト最盛期の最後の時代を治めた王。
ルクソール神殿(Luxortemple)の建立をはじめ、建設業や芸術活動に専念し、神殿の歴史に新時代を築いた。
王妃ティイ(Tiye)はイクナートン(Ikhnaton)を生み、その才知で知られ、王の晩年と没後多の権力をふるった。
(The Encyclopedia Britannica)


アメンホテプ4世AmenhotepW  [生没年未詳]
前14世紀エジプト第18王朝の王。(在位前1379−前1362)
唯一神アトン(Aton)を信仰し、イクナートン(Ikhnaton アトンに愛される者)と自称。
死後、旧来のアモン(Amun)信仰が復活した。
(The Encyclopedia Britannica)


アモンAmun/Amon/アメン(Amen)
古代エジプトの太陽神。主神。アモンとは「神秘」の意。
元来テーベ(Thebes)の地方神にすぎなかったが、第12王朝がテーベを首都として統一王国をつくった頃、その崇拝は全エジプトに広がり、
ヘリオポリス(Hliopolis)の最高太陽神ラー(Ra)と融合し、アモン・ラーと呼ばれ「神々の王」となった。
この点から、ギリシア人は彼をゼウスと同一視した。

アモンの勢力は新王国にいたり頂点に達したが、イクナートン(Ikhnaton)の宗教改革で影をひそめ、再び王の死後復活し第21王朝時代には、
アモンの最高祭司がテーベの祭司の先頭に立った。
配偶者はムート(Mut)という雌ライオンの頭をもつ神々の母。
初めヒツジの姿の神として表され、中王国後は一対の長い羽飾りを頭に載せ、顎ひげを垂らした人間の形で表された。
聖獣は雄ヒツジとナイルのガチョウ。
(The Encyclopedia Britannica)


アラクネArachne
小アジアのリュディア(Lydia)のコロポン(Kolophon)に住むイドモン(Idomon)の娘で、機織りの名手であった。
しかし、慢心してアテナに腕比べを挑み、女神の面前で、神々が人間の女たちと愛欲にふける情景をみごとに織り上げてみせた。
怒ったアテナは彼女を手に持った火で打ちすえ、アラクネは首を吊って自殺した。
憐れをもよおしたアテナは、彼女をギリシア語でアラクネと呼ばれるクモに変えてやったという。
(オウィディウス Ovidius『変形譚 Metamorphoses』巻六)


アーリア人Aryan
前1500年頃、原住地のコーカサス(Caucasus)地方からイラン、アフガニスタンを経て、カイバル峠(Khyber Pass)を越えて
インドの西北パンジャブ(Punjab)地方に入り、さらにガンジス川(Ganges)流域に広がった征服民族。
彼らの移動の原因は不明であるが、気候の寒冷化が考えられている。

彼らはインド・ヨーロッパ語族に属し、白色・高鼻で身長が高いのが特色。
騎馬戦士と戦車を使って先住民族であるドラヴィダ人(Dravidian)らを征服しながら、前1000年頃には居住地域を東方のガンジス川上流域に拡大させた。

アーリア人の伝承であるヴェーダ(Veda)の神々への信仰からバラモン教(Brahmanism)が生まれ、そこからヒンドゥー教(Hinduism)が発展する。
また彼らの征服の過程で、カースト制社会(Caste system)が形成されたと考えられている。

アーリア人の財産は「牛」であり、牛を神聖視する風習であった。
また雷・雨・雲・太陽など自然現象を神格化したため多神教信仰となり、供物と讃歌を神々に捧げ、崇拝した。
この神々に捧げた讃歌や儀礼などを載せた聖典がヴェーダで、その中でのインド最古の聖典は紀元前1200年頃に成立した「リグ・ヴェーダ」(Rigveda)である。

祭祀が形式化したことで司祭者も出現し、アーリア人はヴェーダを通じて先住民族との間に人種・文化双方で融合・混血していった。

前800年頃には青銅器に次いで鉄器を使用し始め、ガンジス川中流域へ定着していく。
やがて先住民族から稲作を知り、拡大生産型の農耕社会を形成していった。 → リグ・ヴェーダ
世界史の窓(www.y-history.net/appendix/wh0201-009.html)


アリアドネAriadne
クレタ王ミノス(Minos)とパシファエ(Pasiphae 太陽神ヘリオス Helios の娘)の娘。
ミノタウロス(Minotauros)への犠牲として来たテセウス(Theseus)に恋し、自分を妻としてアテネに連れて行くという条件で援助を約束する。
迷宮からの出口をダイダロス(Daidalos)から聞き出し、テセウスには糸玉を渡してミノタウロスを殺させる。
のちにテセウスに捨てられたが、ディオニュソス(Dionysos)に救われる。( → テセウス)


アリアンロッドArianrhod
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ウェールズ神話「マビノギオン」(Mabinogion)に登場するヒロイン。
アリアンロッドという名は、ウェールズ語で「銀の車輪」を意味する。

「マビノギオン」の中で、アリアンロッドは、ウェールズの母神ドーン(Don)の娘、そして魔法使いグウィディオン(Gwydion)の妹として登場する。

伝説によるとグウイネッズ(Gwynedd)の王マース(Math)には、足を処女の膝の上にのせていないと生き延びられないという、奇妙な宿命を持っていた。
アリアンロッドはこの処女の候補となる。

処女であることを確認するため、アリアンロッドはマースの魔法の杖の上をまたがなければならない。
しかし、杖をまたいだとたん、アリアンロッドは金髪の丸々太った男の子を出産する。

その産声聴いた彼女は、王の間を走って後にしたという。
男の子は、アリアンロッドの兄、グウィディオンがひきとり、「スェウ・スアウ・ゲフェス」(Lleu Llaw Gyffes 巧みな手をもつ輝く者)と名付けられた。

しかしスェウ・スアウ・ゲフェスは、密かに呪いをかけられていた。
母アリアンロッドが、スェウはけっして人間の妻を娶ってはならない、という誓いをたてていたのだ。

しかしグウィディオンは、甥を助けてやろうと決めた。
彼は、グウィネッズのマースに助けを求めた。

ふたりは力を合わせて、シモツケソウ、エニシダ、オークの花でプロダイウェズ(Blodeuwedd)という美しい女性を作り上げた。

彼らはプロダイウェズがスェウ・スアウ・ゲフェスの妻になることを望んだが、彼女は別の男グロヌウ・ベビル(Gronw Pebr)と恋に落ち、グロヌウはスェウを殺した。

スェウは死ぬと鷲になり、オークの木に飛んで行った。たまりかねたグウィディオンが助けにきて、スェウを人間の姿に戻した。
スェウはグロヌウを探し出して殺し、やがてマースの跡を継ぎ、グウィネッズ(北ウェールズ)の王になった。
Myths&Legends(Philip Wilkinson)
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アリオンArion
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レスボス島(Lesbos)出身の詩人、音楽家。

ある時、シチリア島で音楽祭があり、ギリシア全土の楽人、詩人が一同に集まった。

この時アリオンも、コリントス王の供をしてその島に渡り、見事に優勝して、たくさんの賞金を手にした。 
そして、生まれたレスボス島に立ち寄ろうと船に乗り込んだ。 

しかし、出港するとまもなく、荒くれた水夫たちに取り囲まれて、その中の船長が刀を振りかざし、賞金の入った袋を奪った上に、海に飛び込むように命じられた。

アリオンは助からぬ命だと悟ると、立派な楽人らしく死のうと船のへさきに立った。
広い海を前に竪琴をかき鳴らし、最期の歌を歌いつづけた。

するとどこからともなく、たくさんのイルカが船の周りに集まってきて聞き惚れた。
歌い終わるとアリオンは潔く海に身を投げた。

そこをイルカたちがふわりと背中に受け止めて、陸に向かって泳ぎ出した。
こうしてアリオンは無事に岬まで送り届けられて、コリントスの王宮に着いた。

やがて、遅れて帰ってきた船長と水夫たちは、その悪事が発見され、厳しい罰を受け、アリオンの名声はより一層高まった。
また、イルカたちはその功績が称えられ、天に上げられ『いるか座』になったという。

(ヒュギヌス Hyginus, 神話集 Fabulae, 194: Arion)

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アリス(Alice) → 不思議の国のアリス


アリストファネスAristophanes [前450頃-前388頃]
ギリシア古喜劇の代表的作者。
ペロポネソス戦争の時期に活躍し、喜劇を通じて反戦論を唱え、政治、文化、教育など国家社会の問題を取上げて批判。
個人風刺とパロディー風な表現を自由に行なった。
作品 40編中 11編が現存。
『アカルナイの人々』 Acharnes (前 425上演)、『騎士たち』 Hippes (前 424)、『雲』 Nephelai (前 423)、
『すずめ蜂』 Sphekes (前 422)、『平和』 Eirene (前 421)、『鳥』 Ornithes (前 414)、
『リュシストラテ (女の平和) 』 Lysistrate (前 411)、『テスモフォリアの女たち』 Thesmophoriazousai (前 411)、
『蛙』 Batrachoi (前 405)、『女の議会』 Ekklesiazousai (前 392/89)、『福の神』 Plutos (前 388)。
(The Encyclopedia Britannica)


アルカスArkas
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ゼウスとカリスト(アルセイド Alseid 森のニンフ)の子。

カリストがアルカスを身ごもったため、嫉妬したヘラはカリストを熊に変えてしまう。
母カリストが熊に変身したのち、ゼウスはアルカスをペラスゴス(Pelasgos)でマイアに育てさせた。

ペラスゴス人の王となったアルカスは、人々に麦の栽培とパンの作り方を教えた。
またペラスゴスと呼ばれていた王国を自分にちなんでアルカディア(Arkadia)と名付けた。

アルカスはある日、熊になった母と出会い、母とは知らずに弓に矢をつがえ、熊に向かって放とうとした。
これを見たゼウスはアルカスを小熊の姿に変え、母子ともに天に上げて星座とした。

おおぐま座はクマに変えられたカリストの姿である。
(オウィディウス Ovidius『変形譚 Metamorphoses』巻ニ)

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アルカディアArkadia
ペロポネソス半島中央部を占める地域。面積4419平方キロメートル。
平均標高1500メートルの丘陵地帯で、最高峰はパルノン山(Parnon 1937m)。
古くからアルカディア人が住んでおり、地形的にギリシア本土と隔絶していた。
そのため、前 12世紀ドーリア人の侵入時にもその占拠を免れ、その後も古来の生活や方言を維持。
この時代の牧歌的な生活が後世の詩や文学で一種の理想郷としてたたえられるようになった。
農業面では、大部分が山地のため、牧畜や混合農業が主力であった。
(The Encyclopedia Britannica)


アルキッペAlkippe
1 アテネ王ケクロプス(Kekrops)の娘アグラウロス(Aglauros)とアレスとの娘。
2 エウパラモス(Eupalamos アテネ王族メティオン Metion の子)の妻。ダイダロスの母。


アルキノオスAlkinoos
ファイアケス島のファイアケス人の王。ポセイドンの孫とされる。ナウシカの父。
オデュッセウスは難破してファイアケス島にたどりつく。
アルキノオス王は、オデュッセウスを厚くもてなし、その故郷イタケ島に送り返した。
(オデュッセイア 第六歌-第九歌)


アルキュオネAlkyone
1 アトラス(Atlas ティタン神族)とプレイオネ(Pleione オケアニド Oceanid 海のニンフ)の娘。プレイアデス(Pleiades)の一人。

2 風の神アイオロスとエナレテ(Enarete ピュロス王 Pylos ネレウス Neleus の息子デイマコス Deimachos の娘)の娘。
ヘオスフォロス(Heosphoros 暁の明星)の息子、ケユクス(Keyx)と結婚した。
しかし、自分たち夫婦の仲のむつまじさをゼウスとヘラの夫婦仲になぞらえる不敬を犯したため。
そのため、これを怒ったゼウスは彼らを海鳥に変えた。
ギリシア語でアルキュオン(alkyon)と呼ばれたこのカワセミに似た鳥が、海上の浮巣で卵を抱く冬至の前後、
アイオロスはニ週間の間、風を静め、海に嵐を起さないとされた。
(オウィディウス Ovidius『変形譚 Metamorphoses』巻11)


アルクマイオンAlkmaion
アムフィアラオス(Amphiaraos アルゴスの予言者、テバイ攻め七将の一人)とエリフュレ(Eriphyle アルゴス王タラオス Talaos の娘)の子。
エピゴノイ軍勢(Epigonoi)の総大将としてテバイを攻略したが、この遠征から帰国すると、父の遺言どおり母を自分の手にかけて殺した。
それは、母エリフュレがポリュネイケス(Polyneikes テバイ王オイディプス Oidipus の子)からハルモニアの首飾りを贈られて買収され、
まず夫アムフィアラオスを、次に彼自身をテバイ遠征に参加するよう強制し、これがアムフィアラオスの死の原因となったからである。
アルクマイオンはこの母殺しの罪のため、復讐の女神エリニュスたちに追われて諸国をさまよい、最後にようやくアケロオス河神(Acheloos)に罪を清めてもらった。
そして、その娘カリロエ2(Kallirrhoe ナイアス Naias 水のニンフ)と結婚したという。( → テバイ攻めの七将)


アルクメネAlkmene
ヘラクレスの母。ミュケナイ王エレクトリュオン(Elektryon)の娘。
従兄弟にあたるアムフィトリュオン(Amphitryon)と結婚したが、彼と夫婦の契りを結ぶ前に、ゼウスが遠征中のアムフィトリュオンの姿で彼女と交わった。
このときゼウスは楽しみを長くするため、三日の間太陽を空にのぼらせないで、夜を続けさせたという。
このあと遠征から凱旋したアムフィトリュオンは妻の不貞に気づき、彼女を焼殺そうとしたが、ゼウスが雨を降らして火を消し、アルクメネを救った。
その結果アルクメネは、ゼウスの種によるヘラクレスとアムフィトリュオンの種によるイピクレス(Iphikles)を生んだ。
死後、彼女はゼウスのはからいでエリュシオン(Elysion 楽園)に住まわされた。
そこでラダマンテュス(Rhadamanthys ゼウスの子)と結婚したとも、天に上げられて神々の仲間入りを許されたともいわれる。
(アポロドロス 第ニ巻 4-5,4-6,4-8,4-11,8-1, 第三巻 1-2)


アルゴスArgos
ペロポネソス地方東北部にある都市国家。古代アルゴリス(Argolis)の中心地。
神話における町の設立者アルゴス(ゼウスの子)に由来する。


アルゴスArgos
1 怪力の巨人。身体中に 100の目をもち、その半分が眠っても、残りの 50の目は目ざめていたという。
アルカディア地方を荒した雄牛を退治し、その皮をはいで自分の衣服の代りにしたり、女怪エキドナ(Echidona)を殺すなど、多くの手柄をあげた。
しかし、雌牛に変えられたゼウスの愛人イオ(ナイアス Naias 水のニンフ)の見張りをヘラに命じられたために、ゼウスに派遣されたヘルメスによって殺された。
(アポロドロス 第ニ巻 1-3)

2 船大工。アルゴ号(Argo)の建造者。
コルキス遠征(Kolchis)を決意したイアソン(Iason)のもとにはヘラの導きで50人余の英雄が全ギリシアから参集した。
船大工のアルゴスは、ペリオン山(Pelion)から切り出した木材をパガサイ湾(Pagasai)に運んで船を造った。
船は片側に25丁ずつ、合わせて50丁の櫂(かい)を備えており、船のへさきにはドドナの森(The sacred forest of Dodona)の樫材が用いられた。
ドドナの森というのは、アドリア海に面するエペイロス(Epeiros)にあったというゼウスの神託所で、
船の建造にあたって女神アテナがその樫材を寄付したことになっている。
そのために建造された船は不思議な予言の能力を持っていた。
(アポロドロス 第一巻 9-16)

3 ゼウスとニオベ2(Niobe アルゴリス Argolis のニンフ)の子。アルゴスの地名は彼の名に因む。
(アポロドロス 第ニ巻 1-2)


アルゴ号Argo
巨大な船の名前。
船大工のアルゴスが建造したので、彼の名から命名された。
黒海の奥のコルキスに黄金の羊毛皮を取りに行くイアソンとその仲間の英雄たちの大航海に使用された。
この冒険に参加したのは、英雄ヘラクレス、竪琴の名手オルフェウス(Orpheus)、名医アスクレピオス(Asklepios)など、
そうそうたるメンバー(アルゴナウタイ Argonautai と呼ばれる)だった。
アルゴ号は、ゼウスの神木であるドドナの樫の木の一部が、船首に取付けられていたため、人間の言葉を話し、予言する能力を有したという。
(アポロドロス 第一巻 9-16)


アルゴリスArgolis
古代ギリシアにおけるペロポネソス半島北東部の地域。
アルゴス(Argos)、ミュケナイ(Mycenae)、ティリンス(Tiryns)、エピダウロス(Epidauros)、トロイゼン(Troizen)
などを含んだミュケナイ文明の繁栄する中心地となった。
紀元前1100年ごろからドーリア人が侵入、支配し、ポリス(都市国家)のアルゴスがもっとも有力になったが、
アルゴリス全域のアルゴス領化には至らなかった。
今日のアルゴリスはギリシア南部の県で、面積2214平方キロメートル。
県の中央部は農業地帯で、オリーブ、ブドウ、綿花、タバコなどを産する。
(The Encyclopedia Britannica)


アルスター伝説Ulster Cycle
紀元前一世紀から紀元後一世紀にかけて栄えたアルスター(北アイルランド)の王コンホヴォル・マク・ネッサ (Conchobar mac Nessa) と、
彼に仕える赤枝戦士団(Red Branch Champion)の物語である。
赤枝戦士団の中でも、英雄ルー(Lugh)の息子で、半神半人のクー・フーリン(Cu Chulainn)は、コナハト(Connacht)の
女王メイヴ(Medb)の侵攻から、たった一人でアルスターを守るなど数々の偉業を成し遂げ、アルスター最大の英雄として名を馳せている。
Dictionary of Celtic Myth and Legend(Miranda J. Green)


アルセイデスAlseides
アルセイドAlseid(単数)森のニンフ。 
彼女たちの多くは、アルテミスの従者として山野を巡り、狩猟に明け暮れる生活をしていた。
おもなアルセイドに、エコー(Echo)、カリスト(Kallisto)、プレイアデス(Pleiades)のアルキュオネ(Alkyone)、メロペ2(Merope)、
ケライノ(Kelaino)、エレクトラ3(Electra)、ステロペ(Sterope)、タユゲテ(Taygete)、マイア(Maia)がいる。
(THEOI Greek Mythology Encyclopedia, THE CLASSES OF NYMPH)


アルテミスArtemis/ディアナ(Diana) 純潔と狩猟の女神。
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ゼウスとレト(Leto ティタン神族) の娘。
アポロンの双子の姉で、純潔と狩猟の女神である。
彼女は狩りの女神であると同時に、獲物になる野獣の守護者であった。

妊娠している雌の獣は、彼女の庇護を受けていると考えられており、獣の子の誕生や成長も、アルテミスの働きによるものだとされた。
また、アポロンより少し先に生まれたアルテミスは、母レトがアポロンを生むのを助けた。
そのことから、彼女は出産も司るようになったとされる。

人間の子供の誕生と成長も彼女の加護によるものだとされ、ギリシアの多くの地方で、分娩や安産、妊産婦の守護神として崇められた。

彼女は非常に潔癖な処女神で、決して男性を受け入れようとはしなかった。
その彼女の一番の楽しみは、自分に仕えているニンフたちと山野を巡って狩りをすることで、狩りに興じたあとは、ニンフたちとともに泉や河、湖で水浴に興じた。

アルテミスもアポロン同様、人間に厳しい面があり、純潔が穢されたり、自分の領域を侵されたりすると、人間を処刑することもあった。(→ アクタイオン)
古代ギリシアでは、女子が急死した場合、アルテミスの矢に射られたと表現した。

アルテミス神殿遺跡は、小アジア西海岸の古代都市エフェソス(Ephesus)、エーゲ海南部デロス島の二か所に見られる。

(The Encyclopedia Mythica)

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アルフヘイムAlfheim
世界を構成する九つの国のひとつで、豊穣神フレイ(Frey)が治め、リョスアルファル(Ljosalfar 白エルフ)と呼ばれる妖精が暮らす。
ヴァナヘイム(Vanaheimr)と同じアスガルド(Asgard)とミドガルド(Midgard)の中間点にある。
Teutonic Myth&Legend (Donald A. Mackenzie)


アレイオス・パゴスAreros Pagos (アレスの丘)
アテネのアクロポリス西方の小丘。
軍神アレスの娘アルキッペ(Alkippe)が、ポセイドンの息子ハリロティオス(Halirrhothios)に犯されそうになっているのを見つけたアレスは、ハリロティオスを撲殺した。
怒ったポセイドンはアレスを神々の裁判にかけることを提案し、実行された。
そしてアレイオス・パゴスで世界最初の裁判が開かれ、世界最初の被告人となったアレスだったが、情状酌量の余地があるとして無罪になった。
それ以来、神々の裁判はアレイオス・パゴスで行われることになった。
(アポロドロス 第三巻 14-2)


アレイオンAreion
デメテルとポセイドンの間に生まれた神馬。
デメテルがペルセフォネを探してさまよっていた時、彼女に恋したポセイドンが後を追った。
アルカディアで、デメテルはポセイドンを避けるために雌馬に変身し、テルプーサ王(Thelpusa)オンコス(Onkos)の持ち馬にまぎれた。
しかし、ポセイドンはごまかされず、自ら雄馬に変身して彼女と交わった。
そして、神馬アレイオンと女神デスポイナ(Despoina)が生まれた。
アレイオンは最初オンコス王の所有であったが、後にヘラクレス、アドラストス(Adrastos アルゴス王)の乗馬となった。
テバイ攻めの際には、その速さによってアドラストスを救っている。
(パウサニアス Pausanias『ギリシア案内記 Periegesistes Hellados』8-25-7-10)


アレクサンドロス3世Alexander the Great(BC356〜BC323)(在位BC336〜BC323)
古代マケドニア王国のアルゲアス朝(Argead dynasty BC700〜BC309)の国王。フィリッポス2世(Philip II of Macedon BC382〜BC336)の子。
東方遠征で大帝国建設。BC334年東方遠征開始。BC333年イッソスの戦い(Battle of Issus)でダレイオス3世(Darius III BC380〜BC330)を破る。
BC330年アケメネス朝ペルシア(Achaemenid Empire)を征服。アレキサンダー大王(Alexander the Great)。イスカンダル(Iscandar)。
(The Encyclopedia Britannica)


アレクサンドリアAlexandria
エジプト第2の都市。最大の貿易港で、地中海に面して細長く横に延びる。アラブの避暑地として有名。
アレクサンドロス王(Alexander the Great)のエジプト征服後、BC33年に建設されたこの町は、ヘレズム文化(Hellenism)の中心地であった。
(The Encyclopedia Britannica)


アレスAres/マルス(Mars) 軍神。
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ゼウスとヘラの子。
アレスは残忍で、戦場で人々に血まみれの殺し合いをさせるのが大好きという性格の軍神である。
そのため、他の神々からは嫌われており、実の父親であるゼウスでさえ、
「わしの子でなければとっくにタルタロス(Tartaros)送りにしておるものを」と言うほどだった。

しかし、外見は野性的でたくましい美男子だったことから、女性受けはかなり良かった。
彼が関係を結んだ相手として有名なのがアフロディテである。

アレスはアフロディテの愛人となり、夫ヘファイストスに隠れて逢瀬を重ねた。

そしてふたりの間には、フォボス(Phobos)とデイモス(Deimos)という息子と、ハルモニアという娘が生まれた。
アフロディテはヘファイストスの子を生まなかったため、後世にはアレスがアフロディテの夫とみなされるまでになった。

そのほか、アレスには多くの子供がいたが、彼の娘の中で有名なのは、
アテネ王アクタイオス(Aktaios)の娘アグラウロス(Aglauros)との間にもうけたアルキッペ(Alkippe)がいる。

ポセイドンの息子ハリロティオス(Halirrhotios)が、アルキッペを犯そうとしたことに激怒し、アレスはハリロティオスを殺害。
父親のポセイドンに殺人罪で訴えられ、神々の裁判にかけられる羽目になった。

アレスは何とか無罪を勝ち取ったが、これにちなんで裁判の場となった丘は「アレイオス・パゴス(Areros Pagos)」と呼ばれるようになり、
以後多くの重大事件の裁判がここで行われるようになった。
(The Encyclopedia Mythica)

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アレスの丘 → アレイオス・パゴス


アンタイオスAntaios
海神ポセイドンと女神ガイアの息子。
好戦的な巨人でリビアに住み、屈強そうな旅人に戦いを挑んでは、相手を殺していた。
そして、殺した相手から奪った戦利品を、ポセイドンの神殿に飾っていた。
ヘラクレスが黄金の林檎を求めて旅をしていたとき、リビアでアンタイオスに挑戦された。
さしものヘラクレスも何度倒しても無限に復活する能力と無限に強まる力に苦戦をする。
しかし大地に足がついていなければ発揮しない弱点に気づき、アンタイオスはヘラクレスに持ち上げられ、絞め殺されてしまった。
(アポロドロス 第ニ巻 5-11)


アンクAnkh
古代エジプトにおける、生命を象徴する護符。
エジプト十字とも言われ、現代でもエジプトの土産物屋や、世界中のオカルトショップでアクセサリーとして売られている。

アンクは項部が楕円形の輪になった十字形をしている。
その意味するところは「永遠の生命」であり、エジプトの象形文字でも、アンクは「生命」という意味である。

ピラミッドや神殿の壁画には、エジプトの王が神からアンクを授かっている図が頻繁に描かれている。
これは王が神と同一になるという儀式であった。

アンクを手にすることで、王は再生の活力を得、永遠の生命を獲得するのである。
アンクは王だけでなく、象形文字や壁画のなかの神もつねに身につけている。
それは、アンクが特定の神の象徴ではなく、すべての生命を象徴するものだからである。

このシンボルは、その普遍的な意味から、エジプト文明の崩壊後もヨーロッパへ伝わり、タロットカードの絵柄にもその姿をとどめている。
魔法事典(山北篤)


アンティオペAntiope
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テバイ王ニュクテウス(Nykteus)の娘。

牧神サテュロス(Satyros)に変身したゼウスとの間に、双子の兄弟ゼトス(Zethos)とアムフィオン(Amphion)を生んだ。

アンティオペはゼウスに愛されて身ごもったが、ニュクテウスはそれを知るとひどく怒った。
アンティオペは父を恐れて逃げ、シキュオン(Sikyon)の王エポペウス(Epopeus)と結婚した。

ニュクテウスは兄弟のリュコス(Lykos)にアンティオペとエポペウスを罰するよう言い残すと自ら命を絶った。

新たにテバイ王の座についたリュコスはシキュオンを攻めてエポペウスを殺害し、アンティオペをテバイに連行した。
その途中、アンティオペが生んだ双子は山中に捨てられた。

捕らわれたアンティオペはリュコスの妻ディルケ(Dirke ナイアス Naias 水のニンフ)の奴隷として虐待されていた。

ところがあるとき牢の鉄の鎖が解け、彼女は牢から逃げ出すことができた。
アンティオペの足は、かつて我が子が捨てられた山中へと自然と導かれ、ついにゼトスとアムフィオンと再会を果たした。

しかし彼女にはそれを喜ぶ間もなかった。ディルケの追っ手が迫ってきたのだ。
アンティオペは最後の時を覚悟した。

そのとき、アンティオペの嘆きから、息子たちはようやく彼女が自分の母であることに気がつく。
二人はすぐさまディルケを殺害。

そしてテバイに向かい、リュコスも殺害したのである。
こうして双子の息子は、リュコスに代わりテバイの王となった。
(アポロドロス 第三巻 5-5)

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アンティゴネAntigone
テバイ王オイディプス(Oidipous)の娘。
オイディプスが盲目となりテバイから追放されると、最後まで彼の手を引いて放浪生活に付添った。
テバイ攻めの七将によるテバイ攻めが失敗したあと、戦死したエテオクレス(Eteokles)に代り王となった伯父のクレオン(Creon)の布告にそむいた。
そして、兄弟のポリュネイケス(Polyneikes)の遺体に土をかけたところを発見されて捕えられ、クレオンによって生きたまま墓に入れられ、餓死させられることになった。
彼女は墓室の中で首を吊って自害し、これを知ったクレオンの息子でアンティゴネの婚約者であったハイモン(Haimon)も、彼女の遺体のそばに行き自殺をとげた。
さらにクレオンの妻エウリュディケ2(Eurydike)まで息子のあとを追って、クレオンを悲嘆のどん底に陥れたという。
(ソフォクレス Sophokles 『アンティゴネ Antigone』)

2 フティア王(Phthia)エウリュティオン(Eurytion)の娘。


アンティファティスAntiphates
ライストリュゴン王(Laistrygon)。
オデュッセウスがイタケへの帰国の途中、人食い巨人族(Laistrygones)の国を訪れた。
オデュッセウスは、この国の港に到着。三人の部下を偵察に送った。
彼らは都の門で水を汲んでいるアンティファティス王の娘に会い、導かれてその家に行くと、その父親はただちに三人の中の一人を殺して食った。
残りの者は逃れたが、ライストリュゴン人たちがそのあとを追って港に来て、崖から岩を投げ落とし、12隻あった船の11隻を破壊した。
オデュッセウスの船だけは入江の端に泊めてあったので、破滅を免れた。
(オデュッセイア 第十歌 80-132)


アンドロマケAndromach
小アジアのテーベ王(Thebe)エエティオン(Eetion)の娘。
トロイ王プリアモスの長子で、トロイ戦争におけるトロイ方の総指揮官であったヘクトルの妻となった。
アステュアナクス(Astyanax)を生んだが、夫はアキレウスに打取られて戦死したうえに、トロイ落城後、アステュアナクスもギリシア軍に惨殺された。
結果、彼女は戦利品としてアキレウスの息子ネオプトレモス(Neoptolemos)の手に落ち、その妻とならねばならなかった。
この結婚で三人の息子を生んだあと、ネオプトレモスが死ぬと、彼女はヘクトルの弟ヘレノス(Helenos)と再婚し、ともにギリシア北西部のエペイロス地方(Epeiros)を支配した。
彼の死後、息子のペルガモス(Pergamos)とともに再び小アジアのミュシア(Mysia)に行き、そこにペルガモン(Pergamon)の町を建設したという。
(エウリピデス Euripides 『アンドロマケ Andromache』)


アンドロメダAndromeda
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エチオピア王ケフェウス(Kepheus)とカッシオペイア(ヘルメスの子アラボス Arabos の娘)の娘。
カッシオペイアが、娘アンドロメダの美貌を自慢したため、ポセイドンに命じられた海の怪物ケトス(Ketos)の餌食にされそうになる。
しかし、ペルセウスに救われてその妻となる。→ ペルセウス

エチオピアでペルセウス2、またミュケナイではアルカイオス(Alkaios)、ステネロス(Sthenelos)、ヘレイオス(Heleios)、
メストル(Mestor)、エレクトリュオン(Elektryon)、ゴルゴフォネ(Gorgophone)を産んだ。


アンドロメダは,エチオピア王ケフェウスとカッシオペイアの娘であった。

あるとき、母親カッシオペイアは「自分の娘は海の神の娘より美しい」と自慢した。
この言葉が海神ポセイドンの怒りに触れ、以来、エチオピアの海岸には大津波が押し寄せるようになった。

困ったケフェウス王が神託に尋ねたところ、娘アンドロメダを海の怪物ケトスの生贄に差し出せということだった。
王は泣く泣くアンドロメダを海岸の岩に鎖でつないだ。

海の怪物ケトスは、その黒くて大きな体をうねらせながら、アンドロメダに迫ってきた。

ちょうどそのとき、メドゥーサの首を携えての帰り道であったペルセウスが、岩につながれているアンドロメダを見つけた。
岩に降りたペルセウスは、すぐさまアンドロメダがつながれている鎖を断ち切った。

ペルセウスは、真っ赤な口を開けた怪物ケトスに剣を付きつけた。
空にむかって飛び上がり、ケトスの背に乗り、何度も剣を突き刺した。

ケトスは、ばたばた暴れながら海にもぐり、ペルセウスを振り払おうとしたが、ペルセウスは果敢にケトスに戦いを挑んだ。

そしてケトスが一瞬ひるんだすきに、ペルセウスは、持っていた袋からメドゥーサの首をケトスに突きつける。
そのすさまじい姿を見てしまったケトスは、たちまち石になってしまい海の中へ沈んで行ってしまった。

見事に怪物ケトスを退治したペルセウスは、アンドロメダを妻に娶り、母ダナエ(Danae)の住むセリフォス島(Seriphos)へ向かったのである。

(オウィディウス Ovidius『変形譚 Metamorphoses』巻四)(アポロドロス 第ニ巻 4-3)

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