タイムカプセル 戦後編 (7) 昭和26年 (1951年)    タイム・カプセル

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この年、NHKラジオで「第1回紅白歌合戦」を放送。(1.3)出場歌手は紅白それぞれ7組だったが、

出演者同士が互いにやじり合ったり、声援を送ったり、大いに盛り上がった。

男性白組トリは、藤山一郎。声量豊かなテナーで平和の願いをこめながら「長崎の鐘」を熱唱し白組を勝利に導いた。


(映画)第24回アカデミー賞「巴里のアメリカ人」(主演 ジーン・ケリー

 「欲望という名の電車」(マーロン・ブランド、ヴィヴィアン・リー駅馬車黄色いリボンレベッカ

「ベニス国際映画祭」で黒沢明監督の「羅生門」 がグランプリを獲得(10.10) 東宝「宝塚夫人」(春日野八千代、月丘夢路)東宝「舞姫」(高峰三枝子、山村聰、岡田茉莉子)東宝「めし」(上原謙原節子島崎雪子杉村春子)松竹「カルメン故郷に帰る」(高峰秀子佐野周二)松竹「麦秋」(原節子、笠智衆淡島千景、杉村春子)松竹「虎の牙」(上原謙、津島恵子

松竹「海の花火」(笠智衆、木暮実千代佐田啓二、津島恵子、山田五十鈴、杉村春子)松竹「男の哀愁」(鶴田浩二高杉早苗、高橋貞二、桂木洋子)松竹「鞍馬天狗 角兵衛獅子」(嵐寛寿郎美空ひばり、山田五十鈴、月形龍之介)松竹「大江戸五人男」(阪東妻三郎、山田五十鈴、市川右太衛門、高峰三枝子、月形龍之介)松竹「稲妻草紙」(阪東妻三郎田中絹代木暮実千代三国連太郎進藤英太郎)大映「愛妻物語」(宇野重吉、乙羽信子)大映「偽れる盛装」(京マチ子、藤田泰子、小林桂樹


(音楽)「
上海帰りのリル」津村謙「リラの花咲く頃」岡本敦郎「ミネソタの卵売り」暁テル子 「Anytime」Eddie Fisher

(ラジオ)第1回NHK紅白歌合戦(司会 田辺正晴)(1.3) 日本で初めて民放16社に放送の予備免許が与えられた(4.21) 新日本放送「鞍馬天狗」(9.1)新日本放送「歌のない歌謡曲」(9.2)ラジオ東京「チャッカリ夫人とウッカリ夫人」1951年(昭和26年)12月~1964年(昭和39年)10月(ラジオドラマ)



                              





(スポーツ)プロ野球初のオールスター・ゲーム開催。2 勝1 敗でセ優勝。
(流行語)「老兵は死なず」「三白景気」(肥料、砂糖、セメント)「親指族」(パチンコ)「三等重役」「逆コース」

(社会)伊豆大島の三原山が大爆発(3.9)500円札(岩倉具視)発行(4.20)横浜桜木町駅で、国鉄の車両が発火、死者106人の大惨事に(4.24)日本航空設立(7.31)サンフランシスコ講和条約調印(9.4)日米安全保障条約の調印(9.8)吉田首相が靖国神社に公式参拝(10.18)50円札(高橋是清)発行(12.1)

(物価)(物価)白米10kg 558円57銭(1675円)とうふ1丁 16円40銭(49円)味噌1kg 53円33銭(160円)ラーメン30円(90円)カレーライス80円(240円)映画館80円(240円)週間朝日30円(90円)理髪料95円(285円)入浴料10円50銭(32円)(2018年換算物価指数3)

(その他)八千草薫、東宝「宝塚夫人」でデビュー。岡田茉莉子、東宝「舞姫」でデビュー。有馬稲子、東宝「宝塚夫人」でデビュー。新珠三千代、東宝「袴だれ保輔(はかまだれやすすけ)」でデビュー。三国連太郎、松竹「善魔」でデビュー。

「アトム大使」連載開始(少年)山川惣治「少年ケニヤ」連載開始(産経新聞)源氏鶏太「三等重役」(サンデー毎日)「ココアシガレット」(オリオン 5円)「カバヤキャラメル」(カバヤ)「紅梅キャラメル」(東京紅梅製菓)(おまけ巨人軍カード)「フーセンガム」(ロッテ)

カゼ薬「ルル」(三共)春から夏にかけて赤痢が大流行。死者1万4000人以上。華やかな都会に憧れて上京する家出娘が増加。シャンソン喫茶店「銀巴里」東京銀座七丁目にオープン。「トルコ風呂」東京・銀座6丁目に東京温泉が開店。個室の入浴料が300円。パチンコ流行。都内パチンコ店は2,000軒。値段は1回(10個)20円。浅草フランス座(ストリップ劇場)オープン。



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                                 上海帰りのリル(津村謙) 


  船を見つめていた ハマのキャバレーにいた  風の噂はリル 上海帰りのリル リル

あまい切ない 思い出だけを 胸にたぐって 探して歩く

リル リル どこにいるのかリル だれかリルを 知らないか

作詞:東条寿三郎、作曲:渡久地政信
   








     
     


日米安全保障条約調印


1951年9月8日、サンフランシスコ講和条約によって、日本は表向きには主権を回復することになった。

しかし、同日に調印した日米安保条約によって、米軍が国内に駐留し続けることになった。


この日米安保条約は、日本が米軍に基地を提供し、その軍事行動を無条件に認めることを意味する。

1950年6月に勃発した朝鮮戦争では、日本に駐留していた米軍は、日本を基地として利用し、

そこから前線である韓国に出兵した。


さらに、車両や鋼材、食糧などの戦争に必要な物資を日本で調達した。

すなわち、他国へ出撃するために、日本の国土と国民を軍事利用したのである。


こうした戦略的必要性からアメリカは、日米安保条約を締結し、日本の防衛という意味合いのほかに、

今後発生するであろう戦争を遂行するための在日米軍基地を確保したのである。


日本の立場からすれば、日米安保条約の締結は、自国の防衛を米軍の抑止力に委ねることになった。

こうして日本は、独立国としての対等な発言権を失い、アメリカの被保護国としての状況が

現在に至るまで継続することになった。











三等重役


この年、「サンデー毎日」に連載された源氏鶏太の小説のタイトル。

戦後、進駐軍は、財閥解体で社長の座にあった者を公職追放した。

その結果、さしたる権威も実力もないサラリーマンが社長に繰り上がった。


これが「三等重役」で、当時流行語になると同時に、サラリーマン時代の到来を告げることとなった。

そんな成り上がり社長の日常行動を徹底的に揶揄するというのが本作のテーマで、ユーモアあふれた、

いわゆるサラリーマンものの古典ともいうべき作品。



なお、この作品は翌年、東宝で映画化(河村黎吉、森繁久彌ほか)され、同社のドル箱「社長シリーズ」の第一号となった。












軍艦マーチ


戦後しばらくの間、聴かれることのなかった「軍艦マーチ」が、この年から全国の

パチンコ店で盛大に流されるようになった。


ことの起こりは、とある店主が元軍人で、気晴らしにこの曲を流していたところ、

GHQ幹部の耳に止まり、お咎めを食らうと思いきや、逆に「問題ない、良い曲だ」と

「公認」されたのがきっかけ、とされている。




平和国家をめざす日本にとって、こうした復古調のメロディは、まさに「逆コース」を

行くものと思われるが、コロムビアは残された原盤から復刻した曲を発売。

各レコード会社もウエスタン風、ハワイアン風とアレンジして売り出した。


自衛隊発足にむけて再軍備の動きとともに「逆コース」は、この年の流行語になった。

発端は「この道はいつか来た道、逆コース」という記事を書いた読売新聞とされる。












桜木町事件


1951年(昭和26年)4月24日、横浜市桜木町駅で起こった電車火災事故。

国電京浜東北線桜木町駅の近くで、切れて垂れていた架線が下り電車のパンタグラフにからみついて発火し、

1両目が全焼、2両目が半焼、死者106人、重軽傷92人という大惨事となった。


車両は鉄骨に木板を張った旧式の63型で燃えやすかった。また、非常の際に戸を開ける手動コックの所在も、

乗客には知らされていなかったので、車両が発火しても乗客は外に脱出することができなかった。




問題の63型車両に対して、遺族や世人の非難は集中し、国鉄は乗客の安全に対して怠慢であるとの攻撃が集中した。

事件後、手動コックの所在と使い方が乗客にも明示され、また各車両間の通行も自由にできるように改造された。












アトム大使


1951年(昭和26年)4月、雑誌「少年」に連載漫画「アトム大使」が発表された。

(翌年1952年4月から「鉄腕アトム」というタイトルに改題された)


科学省長官・天馬博士は、交通事故で一人息子・トビオを失ってしまう。

そこで博士は、トビオにそっくりのロボットを、科学省の総力を結集して作りあげる。

天馬博士はそのロボットを息子のように愛した。

だが、やがて成長しないことに腹を立て、そのロボットをサーカスに売り飛ばしてしまう。





身勝手な人間たち。そして、ロボットの悲しみ。

やがて、優しいお茶の水博士に引き取られたアトムは、人間の役にたつために、
さまざまな悪人やロボットと戦いを繰り広げる。


だが物語は、アトムの爽快な活躍だけが描かれた作品ではない。

根底には「差別」や「科学文明のひずみ」などの大きなテーマがあり、
それに悩むアトムの姿が描かれることのほうが多かった。


人間を守るために戦っても、何か問題が起こると「ロボットはやはり信用できない」
と言われ、差別を受けてしまう。





ロボットは人間の手によって造られる。
ゆえにロボットは、生まれながらにして下等な存在であるという意識を人間はもっている。

そこで人間はロボットを当然のように差別し、様々な対立や問題が生じてくる。


手塚治虫は言った。「相いれない機械と人間。アトムはその仲介役なのだ」と。

こうした「意志の疎通の欠如による悲劇」が、創作の動機にあるという。

それゆえ物語のなかには、迫害されるロボットたちの姿がくりかえし描かれる。

創造主である人間の横暴によって犠牲にされ、最後死に絶えるロボットたち。



物語の最終回は、アトムは人類を救うため、悲劇的な結末を迎えてしまう。

本当に救いがない。これが正義のヒーロー・アトムの最後なのか。


それでも物語世界に引きずり込まれ、最終回まで夢中になって読んだのは、
作者が天才・手塚治虫だったからであろうか。












               
 菅原都々子    鶴田六郎    暁テル子    林伊佐緒   
               
    菊池章子        近江俊郎        赤坂小梅        鈴木正夫   
               
    松島詩子        楠木繁夫       二葉あき子       東海林太郎   
           
   渡辺はま子        藤山一郎             NHK東京放送会館  


NHK第一回紅白歌合戦


NHKの年始番組として、1月3日20時から21時に「紅白歌合戦」をラジオ放送。


内幸町のNHK東京放送会館にて、紅組キャプテンは渡辺はま子、

白組キャプテンは藤山一郎、また紅組の司会は加藤道子(女優)

白組の司会は藤倉修一(NHKアナウンサー)が担当した。



(出場歌手と曲目)

  菅原都々子(憧れの住む町 1950年)    鶴田六郎(港の恋唄 1949年) 
  暁テル子(リオのポポ売り 1950年)    林伊佐緒(銀座夜曲 1950年) 
  菊池章子(母紅梅の唄 1949年)    近江俊郎(湯の町エレジー 1948年) 
  赤坂小梅(三池炭坑節)    鈴木正夫(常磐炭坑節) 
  松島詩子(上海の花売娘 1939年)    楠木繁夫(紅燃ゆる地平線 1950年) 
  二葉あき子(星のためいき 1950年)    東海林太郎(赤城かりがね 1949年) 
  渡辺はま子(桑港のチャイナ街 1950年)    藤山一郎(長崎の鐘 1949年) 



選曲は、必ずしもその年のヒット曲ではなかった。

出場歌手は自分の持ち歌の中で好きな曲を選ぶことができた。


たとえば松島詩子が歌った「上海の花売娘」は、戦前の1939年(昭和14年)に

ヒットした岡晴夫の曲だった。


また、三池炭坑節など民謡が二曲選曲されているが、これは当時石炭は

花形産業であり、炭坑節が全国でブームとなっていたのである。







                                   長崎の鐘(藤山一郎)













フランス座


浅草六区にあったフランス座は、鉄筋三階建で、客席は400席、当時最大級のストリップ劇場だった。

フルバンドが入るオーケストラボックスもあり、ストリップの合間にコントなどの軽演劇をやっていた。


三波伸介、渥美清、長門勇、萩本欽一、坂上二郎、伊東四朗、東八郎、ビートたけし……。


戦後の喜劇界を代表するコメディアンたちは、若き日の修業時代をフランス座で過ごしていた。

その舞台に上がることは、彼らにとって芸能界の登竜門となっていたのである。


中でも、絶妙なアドリブ、物まねのうまさ、どれをとってもピカイチだったのが渥美清である。

テキ屋の見習いとして鳴らしていただけに凄味があった。


1951年(昭和26年)開館。1999年(平成11年)閉館。


















鞍馬天狗 角兵衛獅子 (松竹映画)


幕末、動乱の京都。

近藤勇率いる新撰組は、倒幕派の薩摩に身を寄せる鞍馬天狗をつけ狙っていた。

角兵衛獅子の杉作を救ったことから、新選組に所在を知られてしまう鞍馬天狗。


新選組の襲撃を受けた鞍馬天狗だったが、杉作少年の助けを得て何とか逃げのびる。

だが幕府の密書を奪うために大阪城に侵入した天狗は、城の地下牢に閉じ込められる。

天狗を助けようと城へ忍びこんだ杉作少年ももはや袋のねずみに…。



(鞍馬天狗の恋)

この作品では、山田五十鈴演じる礫のお喜代が、誤解から鞍馬天狗を仇とつけ狙う。

だが、天狗に命を救われたことで、次第に天狗に惹かれていく。天狗もまたお喜代を憎からず思うようになる。


やがて近藤勇から果し合いを所望された鞍馬天狗は、お喜代に別れを告げる。泣きすがるお喜代。

「どうか行かないでください。私のために…」「私のため?」

すべてを悟った天狗は「喜代、さらば」と、決然と言う。嵐寛、五十鈴の名ラブシーンである。


(出演) 鞍馬天狗(嵐寛寿郎)  杉作(美空ひばり)  お喜代(山田五十鈴













偽れる盛装 (大映映画)


金の切れ目が縁の切れ目とばかり男をとっかえひっかえする祗園の芸者・君蝶。


その妹・妙子は、京都市役所の観光課に勤める地味でおとなしい娘である。

妙子には職場の同僚である恋人がいた。祗園で有名な菊亭の一人息子の孝次だった。


しかし、孝次の母親から身分が違うと結婚を許してもらえずにいた。

妹には幸せになって欲しい、と体を張る決心をする君蝶だったが…。


京都の花柳界を舞台に、したたかに生き抜く芸者の姿を、花街の風俗を交えながら描く。




妖艶な芸者・君蝶を見事に演じきった京マチ子を、一躍大スターに押し上げた傑作。


「どうせウチら、お金で結ばれた仲どすさかい。こちらかて、だいじな体を提供してまっせ」

本作は、売春防止法が施行される前の作品であり、こうした君蝶の姿勢は法的にもかなっている。

しかし法的にかなうからといって、君蝶の態度は道義的にはけっして褒められたものではない。


男を手玉に取り、絞り尽くすやり方に、思い余った客の一人が出刃包丁を振りかざして

彼女を追い廻し、ついに踏切り前で刺した。君蝶は辛くも一命を取り留める。


やっと決心して恋人と東京へ行くという妹を、君蝶は優しく励まし、病床から見送る。

そして自分も、もうこんな生活とは縁切りだとふと呟く。

吹っ切れたその言葉には、自らも新たな一歩を踏み出そうとする決意が込められていた。













めし (東宝映画)


結婚生活も五年が過ぎ、倦怠期を迎え始めた夫婦。

そこに突然、夫の姪が家出をして転がり込んできた。

奔放な彼女の出現で、夫婦の間には思いもよらぬ波乱が生じはじめる…。   


親の反対を押し切って恋愛結婚した夫婦の物語。

林芙美子の未完の絶筆を映画化したもので成瀬巳喜男の戦後の代表作となった。


夫の初之輔(上原謙)は、世間から見ると実直で真面目、穏やかで優しい百点満点の夫だ。




だが家庭の事は無頓着で、掃除、洗濯から食事まで全て妻の三千代(原節子)に任せている。


ひと昔前までは「妻が家を守るのが日本の美風」とされ、結婚して専業主婦になる生き方が、

女性の理想とされてきた。

しかしそういった専業主婦という存在が、実は家の奴隷であるという矛盾した姿を

成瀬巳喜男はクールに描いている。


そんな日常に、夫の姪で二十歳の里子(島崎雪子)が家出して来る。

里子は自由奔放でわがままだが、女としての甘えも使い分ける娘だ。

里子を見て三千代は、自分らしい生活をしたいと真剣に考えるようになる。

そして里子を東京に送るという口実で、東京の実家に戻った三千代は、そのまま戻らなくなる。


しばらくして、仕事で上京した初之輔が実家へ訪ねてくる。聞けば、彼の慎重な仕事ぶりの

ために会社が危機をまぬがれ、そのことで認められて昇進するという。

三千代は、夫を見直し、やはりこの夫がいいとしみじみ思って、新鮮な気持ちで人生を

やり直してみようと決心するのだった。


市井の日常生活が繊細で抑制されたタッチで淡々と、それでいて見事につづられており、

最後はきれいに丸く納まり、後味も良く、そこはかとない感動を観る者にもたらしてくれる。

妻は、夫のだらしない寝顔を見ながら、女の幸福とはしょせんこんなものかと納得する。


美男美女の主演二人が、平凡で退屈な男と所帯やつれした女を、見事に好演。

主演の原節子は、成瀬作品は初出演であったが、この年の女優賞を総ナメにして、成瀬演出に名演で応えている。













      レベッカ(Rebecca)1940年(米)アカデミー最優秀作品賞

アメリカ娘キャロライン(フォンテイン)は、モンテカルロで英国の大富豪マキシム(オリヴィエ)
と出会い、彼の二度目の妻として、多くの使用人がいる大邸宅に迎えられる。

だがその邸宅での日々は、ボートの遭難事故で溺死した前妻レベッカの見えない影が常につきまとい、
徐々に押しつぶされそうになってしまうのだった。

カメラワークが華麗で、不在の前妻レベッカの存在が常に観客の好奇心を掻き立てる。
フォンテインの儚げな美しさとオリヴィエの謎めいた言動が物語の面白さを倍増している。

(監督)アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock)
(出演)ジョーン・フォンテイン(Joan Fontaine)ローレンス・オリヴィエ(Laurence Olivier)